第42話 こぼれ落ちた幸せ⑥
次の日、午前中にベッドとポータブルトイレが搬入された。那津はベッドに布団を敷き、帰ってきたら母がすぐ横になれるように整えた。そしてトイレもすぐ使えるようにした。
「ヘルパーは今晩から来ますね。今回は初回なので娘さん、立ち会ってくださいね。」
事業所のスタッフは設置の確認を終えると立ち去って行った。那津と正行は昼食を母の家で取り、病院へと向かった。那津は正行に、母が金を借りた浦原という大地主がやって来ることを告げた。
「え?借金があるの?」
正行は驚いたが、那津の不安げな表情に慌てて穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。きっと大した額じゃないよ。」
「そうだといいんだけど。わざわざ退院の日に来るなんて。」
「お母さん、もう働けないんだろ?だから貸したお金が少額でもどうなるのか心配になったんじゃないか?」
「だといいんだけど…」
那津と正行は母もも子の病室に着いた。那津がベッド周りのカーテンを開けると母は既に着替えを済ませ、荷物もまとめていた。
「サッサと帰るよ。」
「浦原さん、来た?」
「まだだよ。いいじゃないかもう!」
「何いってんの!待つよ、アタシ。借金のことも聞かなきゃなんないし。それに…」
那津は正行をもも子に会わせた。
「初めまして。藤木正行です。」
「この泥棒ネコが!どこの馬の骨か知らないが、アタシから那津を取り上げるなんて許さないよ!」
正行が名乗り終える前に、もも子はベッドサイドテーブルにあったコップを正行に投げつけた。お茶が少し残っていたコップは正行の顔に当たり、正行は頭からお茶を浴びた。
「なんてことするのよ!」
那津は正行ともも子の間に割って入り、急いで正行の頭をタオルハンカチで拭いた。
驚きのあまり正行は言葉に詰まってしまった。
「騒がしいね。」
中野の声が廊下から聞こえた。
濡れた頭を見て中野も慌ててハンカチを正行に渡した。
「山根さん、アンタがやったんだろ?まったく娘と一緒に迎えに来てくれた彼氏になにしてんの?」
愛想のない中野も今は呆れ顔。すると後ろからもう一人女の声がした。
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