第41話 こぼれ落ちた幸せ⑤
「アタシを置いてアンタ一人が幸せになるなんて絶対許さない。アンタはアタシの世話をするんだよ!」
母のこの顔。小さな時から何かあるたびに、この顔で口汚く罵られた。那津はこの顔を見ると心臓を冷たい手でギュッと掴まれた気がする。
「か、帰る。」
那津は転びそうになりながら病室を出た。
家に荷物を置くと、正行と待ちあわせ場所の高速バスのバス停に向かった。
夕日の残照が雲間から消えかけた頃、正行は約束通りの時間に高速バスから降りてきた。バス停のベンチに座っていた那津は正行に駆け寄った。
「こんな遠いところまで来てくれてありがとう。」
「何言ってんの、那津のピンチに僕が駆けつけるのは当たり前だろ。」
正行は那津の手を強く握った。
正行と那津は国道沿いのファミレスで夕食を取り、コンビニで買い物をして母の家に戻った。
「ごめんね、正行さんのお布団、アタシが昔、使ってたものなの。ウチ、客布団がなくて。」
「那津は?」
「ワタシ、お母さんのお布団。」
「一緒にこっちで寝よう。」
那津は照れくさそうにうなずいた。
薄い住宅の壁に声が漏れるのを気にしながら二人は抱き合った。愛し合った後、正行と那津は手をつないだ。シミの浮いている天井を見ながら正行はつぶやいた。
「明日は初めてお母さんに会うんだよな。なんか緊張する。那津との結婚許してもらえるよう頑張るな。」
「正行さん、ウチのお母さん、病気で混乱してるみたい。変なこと言ったらごめんね。」
「大丈夫!」
正行は那津の頭を撫でた。でも那津は母のことを考えると不安に押しつぶされそうになる。目をきつく閉じて那津は正行の胸に頭を押し付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます