第40話 こぼれ落ちた幸せ④

「娘さん、お片付け大変でしたね。」

思わず那津は首をすくめた。

スタッフは部屋を見渡しながらテキパキと那津に語りかけた。

「退院の話をいきなり言われることってままあるんですよ。お母さん、お布団だったんですね。これからはベッドの方が本人さんも起き上がりやすいし、介護されるときも楽だと思うのでベッドにされた方がいいと思いますよ。トイレもしばらくポータブルにしてベッドの脇に置いておけばご自分でトイレしやすいですよ。」


スタッフに言われて急遽、ベッドやポータブルトイレもレンタルすることに。明日の午前中に搬入となった。事業所と契約が終わるとすぐ母の車を運転して病院へ。明日の午後、退院したいとナースステーションに申告して病室に向かう。


「お母さん、来たよ。」

那津の声が聞こえたのか、眠っていたもも子は目を開けた。

「那津、明日は朝一番で退院するから迎えに来て。」

「それはムリ。午前中にベッドやらトイレを入れてもらうから。」

「ムリってなによ!」

もも子はムクリと体を起こした。


「仕送りもろくすっぽしないし、全然、家にも帰ってこないで、親不孝ばっかり。もっと親を大切にしなさいよ。」

「帰るぐらいなら帰省費用も仕送りしろって言ったのお母さんじゃない。私だって生活しなきゃなんないのよ。できるだけ送ったわよ。」

那津ともも子が言い合いをしているとベッド周りのカーテンがいきなり開き、人差し指を口元にあてた中野が顔を出した。


「アンタら、うるさいよ。で、結局何時に退院するの?」

「明日は午前中にベッドやポータブルトイレを入れてもらうので、2時頃です。」

「そんなものいらないわ。アンタがアタシの面倒みるんだから。」

「山根さん、アンタ、那津さんにも仕事があるんだからそんな簡単にはいかないよ。明日は浦原の奥さんが那津さんに会いに来るんで待っててくれんかな。」

「浦原の奥さんが?」


もも子は急に落ち着きがなくなった。

中野はもも子をジロリとにらむと耳元でつぶやいた。

「逃げられんよ。」

中野は那津に会釈して帰っていった。

「浦原って大地主の家だよね。中野さんに聞いたけど、お母さん、借金してるんでしょ?なんで借りたの?借金いくらなの?」

那津がもも子に問い質すと、もも子は布団の中に潜り込んでしまった。


「うるさい!もう帰れ!」

取り付く島もない、もも子にウンザリした那津は不要な荷物を病室のロッカーから取り出した。

「明日は彼も来るから。アタシ、結婚するのよ。」

那津の言葉に弾かれたようにもも子は布団から飛び起きた。そして鬼のような形相で那津をにらんだ。

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