第38話 こぼれ落ちた幸せ➁
「あ!ごめんなさい。」
那津は目の前の女を見た。女は70代ぐらいで表情はあまり無いが、しっかりと力強い光をたたえた目をしている。
「那津さん?」
那津がうなずくと女は手に持っていた荷物を渡してきた。
「アタシは浦原の奥さんから頼まれて、もも子さんの面倒をみてた中野です。これ、洗濯物洗ってきたから。」
「母がお世話に?ありがとうございました。」
那津は洗濯物を受け取り、慌てて頭を下げた。
「お母さん、具合どう?」
「お陰さまで明後日、退院することになりました。」
「そう。で、アンタ、こっちに帰ってくんの?」
「あ、向こうに仕事があるのでそうもいかなくて。」
那津は潤んだ目をこすって、涙をごまかした。中野はジッと那津を見ていたが、おもむろに那津の手を引っ張った。
「あっちの長椅子で話すかね?」
エレベーター前の長椅子に連れて行かれ、那津と中野は並んで座った。
「お母さん、心臓が悪いんだろ?先生はなんて言ってたね?」
「次の発作で死ぬかもと言われました。」
那津はため息をつきながら中野にこたえた。
「そうかい。倒れてからの様子を見てたけど、退院して一人暮らしは難しかろうね。」
「親戚もいないし頼れる人も居なくて、もうどうしたらいいのか。」
「とりあえず、お母さんの面倒をみてくれるヘルパーさんを派遣してもらえるところを探してみるしかないな。役場なら知ってるかもしれん。」
頭を抱えてしまった那津に淡々と中野はアドバイスをしてくれた。
移動の足がない那津に中野は役場まで送ってやろうと言ってくれた。洗濯物を病室のロッカーに片付けると那津は中野についていった。那津を乗せた中野の白い軽自動車は役場へと向かった。
「そうそう、アンタ、知っとるかどうか知らんけど、アンタのお母さんは浦原の奥さんにだいぶ借金してるんよ。こっちのことも考えとった方がいいよ。」
那津は目を見開いた。浦原って大地主の浦原?お母さんが借金してるの?
「借金ですか?なんにも聞いてないです。」
「お母さんに聞いてみ。そのうち浦原の奥さんから連絡が来るだろうけど。」
那津はウンザリした顔でうなずいた。
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