第33話 那津の幸せ⑩

鈴木が振り返った。

「あ、あゆ子…」

金色の髪にパープルのキャミソールワンピースを着たあゆ子と呼ばれた女は眉をつり上げ、アキと誠をにらみつけている。

「この泥棒ネコ!アタシの彼氏に手を出して!」

あゆ子は固まるアキを突き飛ばすと持っていたバッグでアキを殴った。

「うわ、やべえ!」

鈴木は素早くアキとあゆ子から離れ、一目散に逃げ出した。立ちすくんでいた那津と正行は慌ててあゆ子を止めようとした。だが鈴木が逃げ出したのを見て、キャミソールワンピースのフワフワした裾を大きく揺らしながら残忍な目をしたあゆ子は倒れたアキの腰を力いっぱい蹴った。

「次はこんなんじゃすまないからね。」

あゆ子は鈴木を追いかけて行った。


 アキはセットしたヘアも崩れ、白地の浴衣は泥まみれ。あゆ子の足形がくっきりついている。

「アイツ、二股だったなんて…」

涙を浮かべるアキを正行は近くの石垣に座らせた。アキの隣に座った那津は浴衣の泥を一生懸命払った。

「アキさん、今日はもう帰ろう。僕、車をまわしてくる。那津、アキさんとここで待ってて。」

小走りで正行は駆け出した。しばらくして、薄手のパーカーを左腕にかけた正行が戻って来た。正行はパーカーをアキに羽織らせた。両腕を正行と那津に支えてもらい、痛む腰をかばいながらアキはゆっくりと歩き出した。


痛い。悔しい。そんな思いが心をグルグル回る。車にのせてもらい、那津にもたれていると少し気持ちが収まってきた。と同時に鈴木からにおう安コロンの香りではなく、このパーカーからは制汗剤の石けんの匂いがするのにアキは気がついた。正行の匂い。ふと男の差を感じた。アキは心からホッとしてウトウトとまどろみ始めた。



 数日後、駅前のチェーン店の居酒屋にアキは那津と正行を誘った。

「この間はホントごめんね。」

アキはテーブルに頭をつけんばかりに謝った。

「そんなの全然気にしないでいいよ。それより、ケガ大丈夫?」

正行は心配そうにアキを見た。


「うん、もう大丈夫。正行さん、ありがとう。これもありがとう。」

アキはクリーニングの袋に入った正行のパーカーを紙袋に入れて正行に渡した。

「わざわざ、クリーニングまで。こちらこそ気を遣わせてごめん。」

正行はパーカーを受け取った。


「そんなことないよ。すごく助かったもの。もし誠と二人でお祭りに行ってたらと思うとゾッとする。」

アキは正行の隣に座る那津にウインク。

「那津は男を見る目があるんだね。見習わなくっちゃ。」

「あ、ありがとう。あの後、アキは誠さんとどうなったの?」

おそるおそる聞く那津。正行は難しい顔をした。

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