第30話 那津の幸せ➆

 卒業後、那津は東京の外れ、工場の多い街に引っ越しをした。たくさんの工場の一つに那津は就職した。就職先の寮には年の近い女の子たちがたくさん暮らしており、おとなしい那津にも親しくする友達ができた。


そのうちの一人、矢野アキは美人で明るく男たちの憧れの的だった。ある日の仕事帰り、那津は追いかけてきたアキから声をかけられた。

「那津、今日これからヒマ?」

「うん、特に予定は無いけど。どうしたの?」

「よかったら飲みに行かない?男の子達に誘われてたんだけど、友達にドタキャンされちゃって。女の子が一人足らないの。」

片目をつぶり、両手を合わせてお願いポーズを取るアキ。涼しげな淡いピンクのワンピースの裾がフワフワと揺れている。


那津はデニムのパンツにTシャツと色気のない格好。

「私、全然かわいくないけど、こんなんでいいの?」

「那津は顔がカワイイから何着ててもいいの!」

美人のアキにカワイイと言われ、お世辞と分かっていても那津は嬉しくなった。じゃあ、と那津はアキについていくことにした。


 初めて行く居酒屋で男の子達は待っていた。テーブルの端、那津はアキの隣に座らせてもらった。自己紹介から始まるも年の近い若い男女の集まりゆえ、すぐ打ち解け、おしゃべりに花が咲いた。アキとアキの友人たちは皆、明るくカワイイ女の子。那津を除いた女の子達は男の子達と楽しくオシャベリをしていた。話の輪に一応入るものの那津は空気そのもの。誰も那津には話しかけない。一人チビチビとチューハイを傾けていた那津はそっとトイレに立った。


 席に戻ろうとするとトイレの前で一人の男に声をかけられた。

「や、山根さん、あっちで僕と飲みませんか?」

那津は驚いて男を見た。那津と同じようにTシャツにデニムのパンツの小柄なその男は今日の飲み会で那津の向かい側の端に座っていた男だった。照れくさそうに那津に微笑む純朴そうな男。笑うと一重の目がたれる。那津はキュッと心を掴まれたようになった。

「あの、私で良ければ。」

二人はカウンターに座り直し、新しいチューハイで乾杯した。

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