第26話 那津の幸せ③

 きみ子は最近、那津が顔を出さないことが気になっていた。スーパーで偶然顔を合わせても以前のように笑顔で声をかけて来ることはなく、小さく会釈すると走るように逃げてしまう。

那津さん、どうしたのかしら?

こんなことが続き、心配になったきみ子はオカズをタッパに詰め、那津の家を訪ねた。


ピンポン。ピンポン。ピンポン。

続けてチャイムを鳴らしたが反応がない。玄関のカギが空いているので、とりあえずきみ子はソロリと開けた。


「那津さん、いる?アタシよ、きみ子よ。入るね。」

玄関をあがり、台所をのぞくが那津はいない。廊下を進むと裏の土間から人の気配がする。

「那津さん?」

農作業着のまま土間にペタリと座り込み呆けたような顔をしたまま静かに涙を流していた那津を見つけた。

「那津さん、どうしたの?!」

きみ子は那津の顔をのぞき込んだ。那津はきみ子に気がつくと、ワアと叫んで抱きついた。きみ子はタッパを落として那津を抱きしめた。激しく泣き叫ぶ那津を驚きながらもきみ子は抱きしめてた。


「どうしたの?那津さん、もう大丈夫だから話してごらん。」

きみ子は那津の背中をさすりながら何度も声をかけた。そしてようやく那津の涙が止まり、那津はタオルで涙を拭った。

「すみません、最近、時々農作業の時も涙が止まらなくなることがあって。」

「何があったの?言えば少しは楽になれるかもよ。」

涙で目を腫らした那津は弱々しく首を振った。


「きみ子さんに声をかけてもらえて元気が出ました。ありがとうございます。」

きみ子が理由を聞こうとしても那津は頑として話さなかった。きみ子は諦めてタッパのオカズを渡すと那津を抱きしめてやった。

「那津さん、いつでもおしゃべりしにおいで。またオカズ、持ってくるね。」

那津は泣き腫らした目で何度もうなずいた。


「何があったのかわかりませんが、かなりつらい目にあったんでしょうね。」

話を聞いた東堂は藤城と目を合わせた。

「浦原家を恨んでる人、結構いそうですね。ちなみに浦原さんが働いてるお店はご存知ですか?」

「ええと、お父さん、「あや子」だっけ?」

「そんな名前だったな。何の店かまでは知らないなあ。たしか浦原の長女のダンナの紹介だったような。」

「わかりました、お仕事中お邪魔しました。またなんか、気が付かれましたらこちらに連絡ください。」

名刺を渡した東堂は藤城を促し、その場を離れた。


車に乗り込むと助手席の東堂は運転席の藤城につぶやいた。

「あの死体、浦原家絡みかもしれないな。ちょっとあたってみるか?」

藤城は浦原家の当主浦原徳子の家に向かってハンドルを切った。

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