第22話 不穏な予感⑫

「あっちゃん、それで静奈さんの代わりに那津さんを幸せにしたくなったんだ。」

「ユカリちゃんにそう言われると、うーんそうかも。知り合ってから那津さんが気になって、機会があればラインだけじゃなくて食べるものや出張や旅行のお土産持ってったりしてたんだ。それで那津さんがいじめられているのを見聞きしているうちに僕がこの人を救いたいって思うようになったのかな。」


博子は目の前に座る甥っ子の話に心が動いた。もっと気遣ってやれば姪の静奈は今頃誰かと幸せに暮らしていたかもしれないと博子はいつも悔やんでいた。だからこそ、この心優しい甥っ子にはどうにか幸せになって欲しい。


那津も幸薄い女。どうしようもない母親のせいで恋人を失い、失意のまま借金のかたに浦原の嫁にさせられて、姑にいいようにこき使われているのは周知の事実。哀れな那津が敦人と幸せになれるならこんな嬉しいことはない。しかし、那津は女のところに入り浸りとはいえ浦原の長男の嫁。どうしたものか?


博子が悩んでいるとユカリと敦人の話が聞こえてきた。

「ねえ、お母さん。しばらく那津さんはあっちゃんにお見舞いに来て欲しがってるらしいよ。」

「那津さん、火事のせいかまだ混乱しているようです。せめて那津さんが落ち着くまで話し相手になりたいんです。それで一週間ほど毎日見舞いに行きたいと思っています。」


敦人は那津がなにやらおかしい様子であることはあえて伏せた。

「そう、一週間ならホテル代も馬鹿になんないね。わかった、叔父さんに話してあげるからウチに泊まりなさい。」

博子はこの機会に夫と敦人が仲直りできたらと思った。


 ユカリが助手席、敦人は後部座席に乗り、博子の運転する車は走り始めた。ユカリが振り返って敦人に尋ねた。

「ねえ、那津さんと何を話してたの?」

「那津さんから火事の日の話を聞いたんだよ。ダンナさんの茂男さんが家に押しかけてきて金の無心に来たんだって。それで、もみ合いになって火事になったそう。茂男さんは火事を起こしたからか逃げちゃって行方不明らしいよ。」


「そうだったの。那津さん、火事で大ヤケドを負ったから火事の原因を聞きようがなくてわかってなかったのよね。茂男さん、本当にとんでもない男ね。」

博子はムッとした。

「お母さん、運転中に怒らないでよ。危ないじゃん。でもさ、茂男さんってホントのダメンズだよね。」

「なにそれ?ダメンズ?」

博子はユカリにダメンズの意味を聞いていた。親子の仲の良いやり取りを聞きながら敦人はぼんやりと窓の外を眺めた。

諦めていた那津さんとの未来。

もう一度チャンスがあるのだろうか?

考えているうちに敦人は眠ってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る