第21話 不穏な予感⑪

「バカバカしい。この人が死んだのは弟君、アンタのせいよ。そんなの、みんなわかってるじゃない。アンタの姉さん、アンタのこと、恨んでるよ。」

敦人はウワッー!と叫ぶと頭を抱えて膝をついてしまった。

見かねた静奈の上司や同僚達が止めに入り、その場に集まった人達がもみ合いになった。


「やめて!あっちゃんから静姉ちゃん奪って、今度はあっちゃんの心をズタズタにして。みんな出ていって!」

顔を真っ赤に染めたユカリが悲壮な声で叫んだ。

「何言ってんの。迷惑かけてんのはこの姉弟じゃない。調子に乗ってんじゃ…」

山下が今度はユカリに向かって踏み出した。


「やめろよ、麻衣。」

殿村は素早く山下の腕を取ると敦人やみんなに向かって深々とお辞儀をした。

「お騒がせしてすみませんでした。もう二度と静奈のご家族にお目にかかることは致しません。」

まだモゴモゴと口ごもる山下の手を引っ張って殿村は葬儀の場から出ていった。


 葬儀が終わり、幸彦、博子、ユカリはうなだれる敦人を連れて、静奈と敦人の暮らすアパートの部屋に戻ってきた。博子と共にテーブルでお茶の用意をしていたユカリはテーブルの上にあったメモの切れ端を見つけた。

「これ何?あっ!あっちゃん!」

メモを手にしたユカリが慌てて敦人と幸彦の前にメモを差し出した。

「この字、静奈の字じゃないか。」

幸彦の声に応え、敦人はメモを手に取った。


あっちゃん、ごめんね。

細かく震えてはいるが静奈の字であった。

「静奈は敦人のことを恨んでなんかない。お前は姉さんの大切な弟なんだよ。」

幸彦は敦人の背中に手を置いた。

「ね、姉さん…」

敦人は泣きながら何度もうなずいた。


ひとしきり泣いて敦人は落ち着いた。敦人の隣に座っていた幸彦は今後のことについて話を始めた。

「敦人は卒業まであと一年近くあるが、どうする?今の学校を卒業するか?それともウチから通える高校を探して転校するか?」

「慣れてるし、今の学校を続けるよ。」

「あっちゃん、一人暮らしになるけど大丈夫なの?」

博子が心配してのぞき込む。敦人はまだ赤い目をしたまま、大丈夫!と微笑んだ。

「そうか、でも困ったことがあったらいつでもすぐ叔父さんか叔母さんに相談するんだぞ。で、進学のことだが行きたい進路はあるのか?」

「いや、まだどことは。」

「だったら小学校の教員はどうだ?小学校の教員になるなら奨学金で足りない分はウチが出すぞ。」

「お父さん、何いきなり?あっちゃん、びっくりしてるじゃん。」

急な話に目をまんまるにしている敦人をユカリはおもんばかった。

「今、どこも教員が足りないんだ。敦人に来てもらえたら、ウチから通えばいいし。万々歳なんだがなあ。」

「もう、叔父さんの言うことは気にしなくていいからね。あっちゃんの行きたいところへ行きなさい。どこに行っても奨学金の足りない分は出してあげる。心配しないで。」

博子は熱心に勧誘する幸彦を押さえて敦人に言った。

「…、今、特になりたいものはないし、叔父さんがお金貸してくれるなら僕、小学校の先生になるよ。」

「あっちゃん、いいの?」

敦人はニッコリ笑ってうなずいた。博子は敦人が無理をしているのではないかと気になったが結局、敦人は幸彦の言うように小学校の教員免許を取り、幸彦が校長を務める小学校に赴任した。

静奈のことを思い出していた博子はユカリと敦人の声に我に返った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る