第20話 不穏な予感⑩
焼香を済ますと女はサッサと帰ろうとした。だが男の方は静奈の方にやって来た。
「静奈、ごめん。」
男は棺桶に手を添え、静奈の前で一筋の涙をこぼした。
すると今まで泣きじゃくっていた島田が男に詰め寄った。
「なにが、ごめんなのよ!殿村さん、アンタのせいじゃない。アンタが村崎さんを捨てて若い山下さんに乗換えたからじゃない!」
島田の声に課長や同僚の相手をしていた叔父達が敦人や島田のところに集まってきた。
「殿村くんか?君、よくこの場に来れたね?」
課長の言葉に同僚達は皆、きつい目をして殿村をにらんだ。
島田に胸ぐらをつかまれ、殿村は詰め寄られた。
「村崎さんに、謝れ!」
グラグラと殿村を揺すっていると、島田は戸口で男を待っていた女、山下に突き飛ばされた。
「ふざけんじゃないわよ!殿村さんは被害者よ!この女が弟の独立まで結婚をずっと引き伸ばしてたから、あたしに乗り換えただけじゃない。殿村さんがこの人の言うとおりにしてたら人生、棒に振るわ!」
島田と女がつかみ合いになり、会社の人達が二人を引き離そうともみ合いになった。
「あなたが殿村さんか?」
幸彦の大きな声でもみ合いが一瞬、止まった。幸彦は苦虫を噛み潰したような顔をした殿村に向き合った。
「あなたも静奈に延々結婚を引き伸ばされて辛かったろう。私達がもっと早く静奈とあなたのことに気がついていれば今頃は結婚できていたかもしれない。この点は悪かった。許してほしい。」
幸彦は青い顔の殿村に頭を下げた。そして頭を上げると言葉を続けた。
「だが叔父としてあなたに言いたい。次の人に行くなら、きちんと静奈と別れてやってから次の人に行ってほしかった。こんなだまし討ちみたいなやり方じゃなくて。」
目の前のやり取りに唖然としていた敦人は蒼白になった。
「姉さんが死んだのって僕のせいなんですね。」
敦人の言葉に博子は敦人に抱きつき必死に言った。
「違う!絶対違う!静ちゃんはそんなこと、全然思ってないよ!」
そして青い顔のままの殿村も激しく首を振った。
「親御さんをなくしたばかりの小学生の君が他人の俺と一緒に住むなんて、嫌がるのは当たり前だよ。ご両親だけじゃなくて静奈も取られちゃうと思ったんだろう。君はなにも悪くないんだ。」
「…ハハハ、僕のせいだったんだ。僕が姉さんを殺したようなもんなんだ。」
殿村が必死に呼びかけるが、うつろな目をした敦人には耳に響かない。
「そんなことない!村崎さんはいつも弟さんのこと、嬉しそうに話してたよ。あなたのこと、大好きだったよ。」
「そうだよ。静奈はよく君の話を楽しそうに僕にしてくれた。静奈が死んだのは俺のせいだ。君のせいじゃない!」
島田も殿村も必死に敦人に語りかけた。
すると残酷な笑みを浮かべた山下は殿村と敦人の間に割って入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます