第19話 不穏な予感⑨
静奈が浴室の壁にもたれて左腕を湯船につけている。湯船からは赤い水が静かに溢れている。
「姉さん!」
敦人は静奈を抱き上げた。左手の手首から血が流れ出ている。
うわあ!
敦人は脱衣所にあったタオルで手首をきつく縛ると静奈を脱衣所に引きずり上げた。
「あ、あ、あ、あ、…」
敦人はどうしていいかわからない。でもこのままでは姉が、たった一人の家族が確実に死んでしまう。震える手でスマホをいじった。
ルルル。
「あら、あっちゃん?どうしたの?」
敦人はつい博子にかけてしまった。
「お、お、叔母さん、姉さんが死んじゃうよ!」
敦人の泣き叫ぶ声に博子は驚いた。
「あっちゃん、しっかりして!静ちゃん、どうしたの?」
「姉さん、手首切った。血が止まらないよ~!!」
「あっちゃん、救急車呼んで!119よ!早く!叔母さん、今から行くから、病院に入ったらまた電話して!」
敦人はうなずくと叔母の電話を切り、救急に電話をかけた。
敦人から教えられた病院に博子が駆けつけると、エレベーターホール前の長椅子に頭を抱えた敦人が座っていた。
「あっちゃん、静ちゃんは?」
博子の声に振り向いた敦人は泣きながら博子に抱きついた。
「姉さん、死んじゃった。叔母さん、僕、一人ぼっちになっちゃった。僕、どうしたらいいの?」
「大丈夫!あっちゃんにはあたしたちがついてるから。一人じゃないよ!」
博子も敦人の背中を何度もさすりながら大粒の涙をこぼした。
静ちゃん、ごめんよ。
もっと早く静ちゃんに声かけていればこんなことにならなかったのに。
博子の心には後悔しかなかった。
僧侶の読経が響く中、ロウソクの炎が揺らめき、線香の煙がたなびく。静奈の身内は敦人と幸彦、博子、ユカリだけ。なのでひっそりと葬儀を行うことになった。
読経の途中から静奈の会社の上司や島田をはじめとする同僚たちが参列した。僧侶の読経が終わり、敦人が棺桶の中の静奈の顔を見つめた。白くなった静奈の顔。敦人は姉の頬を手のひらで優しく包んだ。
姉さん、なんで僕を置いてったの?
涙で静奈の顔がにじむ。すると敦人の隣に泣きそうな顔をした島田が立った。
「村崎さん、なんで死んじゃったんですか?入社以来ずっと仲良くしてくれたじゃないですか?村崎さんがいないなんて淋しいです!」
顔を両手でおおった島田はこらえきれず嗚咽をもらした。
そこへ遅れて40ぐらいの苦みばしった男と20代半ばの女が静かにやって来た。
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