第9話 那津との出会い➆

「キャッ!」

小さな悲鳴と共に那津は敦人の胸に抱きとめられてしまった。

「ごめんなさい。」

体を起こそうとした那津は敦人の腕にひき止められた。

「那津さん。動かないで。」

乾いた声がして敦人に抱き寄せられた。


敦人の手が優しく那津の頭を撫でる。こわばっていた那津は少しずつ力が抜け、やがて敦人に体を預けた。敦人の体温。心臓の音。若い男の汗の匂いが那津の鼻をくすぐる。

「那津さん、好きです。」


敦人は那津と唇を重ねた。敦人は自分が那津を抱きしめ、好きだと言ったことに驚いていた。腕の中にスッポリおさまる、ほんのり赤くなった顔。恥ずかしそうに敦人を見ている那津。

ああ、自分はやっぱり那津が好きなのだ。


敦人がそんなことを考えていると那津は悲しげにつぶやいた。

「私も先生が好きです。もっと早くに先生に出逢いたかった。」

「なぜ、そんなことを言うんです?あなたが人妻だから…?あんな結婚、僕は認めない。」

敦人は那津を抱き起こすとあらためて那津を抱きしめた。


「これからは僕を敦人と呼んでください。」

「敦人さん、私…」

人差し指で那津の唇を押さえた敦人は那津と再び唇を重ね、押し倒した。


その日から那津と敦人は秘密の関係になった。人目を避けて那津の家に通う敦人。

いつも満面の笑みで迎えてくれる那津。だがどんなに敦人が熱く激しく愛しても別れ際の那津の微笑みはいつも寂しげ。

那津さんの心からの笑顔が見たい。

絶対、僕が那津さんを救い出す。

いつしか敦人は那津との将来を本気で考えるようになった。


 そんなある日、敦人はふと思いついた。今ならまだ二人のことに気づいた者はいない。浦原の家から遠く離れよう。とりあえず、ここから遠く、知り合いのいないところで二人で暮らそう。そうしながら離婚に向けて弁護士に相談に行こう。敦人は実行に移すことにした。

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