第8話 那津との出会い⑥
次の日、仕事を終え、いつもより早く帰ろうと敦人は小学校の玄関に向かった。途中、児童の下駄箱前を通り過ぎようとして一人の女の子が下を向いて立っているのを見つけた。
「あれ?どうした?」
「先生、傘ないの。」
今日は朝は曇りだったが午後から本降りの雨。走って帰るには雨が強過ぎる。敦人はちょっと待っててと言うと自分の傘を持ってきて、女の子に渡した。
「先生の傘、貸してあげる。気をつけて帰りなさい。」
一気に明るい顔になった女の子は敦人から渡された男物の大きな傘をさした。そして振り返ると小さく手を振った。
「先生、バイバイ」
敦人も微笑んで手を振った。
傘のなくなった敦人はカバンを頭の上にかざし、駐車場の端にある自分の車まで走って行ったが強い雨にずぶ濡れになってしまった。
せっかくだけど今日はプレゼントだけ渡して帰ろう。
敦人は那津の家へと、とりあえず車を走らせた。
チャイムを鳴らすと、すぐ玄関の戸が開けられた。
「先生、こんな大雨の中、大丈夫でした?」
バスタオルを持って出てきた那津はずぶ濡れの敦人を見て、慌てて敦人の頭にバスタオルをかけた。敦人はバスタオルで頭や腕を拭かせてもらった。
「いやあ、すみません。傘を忘れてきた児童に自分の傘を貸したもんで、ずぶ濡れになっちゃいました。なので今日はここで失礼します。あのこれ…」
敦人はカバンからピンクの袋を取り出すと那津に渡した。受け取った那津は目で、これは?と尋ねてきた。
「那津さんのスタンプが猫だったから、猫が好きなのかなと思って。従姉妹の買い物につきあわされた時、見つけたんです。黒猫は幸運をもたらすらしいです。」
まだゴシゴシ拭きながら敦人は照れくさそうに話した。袋をあけてみるとそこにはかわいい顔をした黒猫のぬいぐるみが。
「カワイイ!! 先生、ありがとうございます。」
那津は子供のような無邪気な笑みを浮かべて黒猫をギュッと抱きしめた。そして黒猫のまん丸のガラスの目を那津はジッと嬉しそうに見つめた。
「こんなカワイイプレゼントをいただいたのに、ずぶ濡れの先生をそのままお帰しするわけにはいかないですね。」
那津は遠慮する敦人の腕をとって部屋へ引き上げた。料理の皿が並ぶちゃぶ台の前に敦人を招くと奥の部屋から自分の服を持って来て、ずぶ濡れの敦人に着るようにすすめた。
「この服は私にもゆったりしているものなので先生もたぶん着られると思います。先生の服はアイロンをかけますね。すぐには乾かないと思いますがご飯を食べている間に少しはマシになると思います。今夜はその服を着て帰ってください。」
「いや、でも、そこまでしてもらっていいんでしょうか?」
「いいんです!ほら風邪ひくから早く!」
那津は笑いながら姉のように言い、敦人の服を脱がせようとした。
「あ、待って。」
ためらう敦人とポロシャツの裾を持ち上げようとする那津。ポロシャツとアンダーシャツは濡れたためにひっついてなかなか脱げない。もみ合った拍子に敦人が倒れ、その上に那津が倒れ込んだ。
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