第3話 那津との出会い①
去年の初夏、敦人は銚子の西にある旭市のショッピングセンターへ買い物に行った。いつもならそこまで足を伸ばすことはあまり無いのだが、今回は旭のショッピングセンターの店でしか買えないものがあって足を伸ばした。その帰り、旭の北にある山の中の道を通った。山は木々が生い茂り、昼でも暗いところが多い。そして山道はくねくねと曲がり、すれ違う車もあまりない。この道沿いにたまに家が立っている。空き家かと思うと人が乗ってきたような車が家の前に止まっていて、この家には人が住んでいるのだと気がつく。
そんな家の一つの前を通り過ぎようとして農作業の帰りと思われる女が倒れているところに出くわした。敦人は車から急いで降り、女を抱き起こした。
「大丈夫ですか?今、救急車呼びますから。」
スマホで救急車を呼ぼうとすると女の小さな声が聞こえてきた。
「救急車、呼ばないで。ちょっと貧血を起こしただけだから。大丈夫です。」
「で、でも…」
「奥さんに怒られるから呼ばないで。お願いします。家でしばらく横になってたら大丈夫です。すみませんが家まで連れてってもらえますか?」
最近、急に暑くなったからかフラフラする女を支えて敦人は玄関先に女を寝かせると、帽子や長靴を脱がせた。女に言われるままに家に連れて上がり、布団を敷いて寝かせた。額をタオルで冷やし、コップで水を飲ませた。
しばらく見守っていると女は落ち着いてきたようで体を起こした。
「良かった。顔色が良くなってきましたね。」
「ありがとうございました。もう大丈夫です。」
「あとはお家の方にお任せしますね。」
「…、はい。」
敦人の言葉に女は戸惑いの色を見せた。
「え?まさか、お一人暮らしですか?」
「はい。でも大丈夫です。」
顔色は戻ってきたものの、女はまだ青い顔をしている。とはいえ一人暮らしの女の家にこれ以上、男の敦人がいるわけにはいかない。
ちょっと、待ってと声をかけると敦人は自分の車から、買ってきたばかりのパンやオヤツを持ってきた。
「これ、さっき買ってきたばかりなんです。よかったらこれ食べてください。」
敦人は女が遠慮するのも構わず枕元に置いた。
「ありがとうございます。私は浦原那津といいます。あなたのお名前を教えていただけますか?」
浦原那津。
敦人は叔父から聞いた話を思い出した。
大地主の浦原の奥さんが、借金の返済の代わりに、ある娘を長男の嫁にし、その嫁を畑に近い古い家に住ませていることを。
「僕は村崎敦人といいます。」
「あれ?小学校の先生ですか?」
那津は母屋の自治会の回覧で敦人の記事を見た事を思い出した。
「うわ、僕のこと自治会の回覧で回ってたんですか?小学校の子どもたちの活動の記事ですよね。」
敦人は照れくさそうに頭をかいた。那津も思わず微笑む。敦人は那津の笑顔にハッとした。
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