第4話 セイロンライティアの咲く、花園で。

「お!やっほ〜鳳くん」

彼女は目の端に僕を見留めると、ゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。

パリコレのモデルがランウェイを歩く姿を彷彿とさせる、優美なその姿は店に居る人々の目を奪った。

栞を挟まずに本を閉じる。

「おはようございます、天津さん」

「うん、おそようございます」

僕の形式的な挨拶に、彼女も柔らかな笑みを含んだ声で返す。

【おそよう】これはきっと今の時間帯が朝でないこと知っていながらも僕につられたのだろう。

「ちょっと早めについた気でいたのに、鳳くんは早いねえ〜」

「せっかちな人間だからだよ、早く着いてからかいたかったんでしょう。不貞腐れないでください」

砕けた物言いと敬語がごっちゃになった事はさておき、

「ぐぬぅ」

彼女は文句があると言わんばかりに唇をタコみたくすぼめる。

(外見を年相応にしたとしても、この子供っぽさは可愛いな。)

恥ずかしさの欠片もなく、自分がこんな事を馴染みのない人間に対して思ったのに大いに驚いた。

「ねー、絶対今可愛いって思ったでしょ」

混乱する僕の心に、彼女は爆弾を投下した。

反撃に遭った僕は、目を白黒させ、数秒間押し黙った。


「……この後はどこに行くんですか」

少し声が上ずる。

明らさまに話題を変えようとしているのが面白いのだろう。

ふふっ

碧みがかった光の差す、薄茶色の目を薄くして微笑む。

その姿にも、何処かあどけないさの残る天使を連想した。

「今日はですね〜、メッセしたように一緒に花を見に行きます!」

「何を見に?」

「だから、花だってば〜」

「いえ、そうじゃなくて、何の花を見に行くんですか?」

「ああ!そういう事、そうだね今日はセイロンライティアという花を見に行こうと思います!ちなみに鳳くんは、セイロンライティアって知ってる?」

「しら————」

知らないです、

そう答えようとしたにも関わらず、彼女は続ける。

「セイロンライティアって言うのはね、真っ白なお花なんだよ〜!」

肌が、興奮で赤みを増していく。


そう言えば、彼女の肌は驚くほど白い。まるで……死人のようだ。

しかし「花言葉は清楚、清純でなんだ〜」

と得意げに言う彼女の肌がどれだけ白かろうと、彼女が生きているのは明白だ。

最近は、何処ぞのアイドルの影響でか特に若い世代は美意識が高い。

そう考えれば、天津さんも普通なのかもしれない。

これはただ僕が、流行りに疎いだけだ。

「って聞いてる?鳳くんよー」

気付けば彼女が不満そうな表情でいた。しまった、考え事に夢中になっていたようだ。

「ええ、ちゃんと聞いてましたよ。セイロンライティア、どんなお花か楽しみです」

しれっと取り繕い、笑顔を浮かべる。

(そうだ、今日は楽しもう。彼女を知れるいい機会だ。)

そう心に決めて彼女の方を今一度向き直る。

すれば、彼女は僕の瞳の奥底に沈んでいく小さな疑念の泡を見とめ、何とは知らず、ただすくいあげたそうな曖昧な面持ちだった。










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