第3話 天使さんとお出かけ。 セイロンライティア

天使のような天津さんと出会ってから三日がたった午前9時ごろ。

なんとなく家の日向でまどろんでいると、

(あ、天津さんだ。)

ポコともスポ♪とも言えず、表現し難い着信音とともに、愛らしい猫のスタンプが送られてくる。

スタンプの猫は『こんにちは!!』の文字を抱えている愛らしいデザインだ。

数秒後にはメッセージが続く。



『鳳くん!急なんだけどさ、今日って空いてる?』


『空いてますよ』


『よかった!あのさ、花って好き?』



(花?なぜ急に?)

疑問は生じたが、そのまま返す。


『好きですよ』



『ほんと!だったらさ、デートしない?』



(?…デートとは。)

ここ数年、いや一回も向けられた事のない単語が出てきたせいで、思考がフリーズする。

(………????いやいや、まて落ち着け状況を確認しよう。デート、デートとは?三日前に偶然出会った人間から出てくる言葉か?)

こういう時、思考は混乱している分に体は素直だ。

タタたと素早く指は液晶画面をタイプして、すぐに的確なメッセージを送る。



『デート?ですか、いいですよ』



(我ながらよくできた体だ。)


『ぺこり』と書いてある先程と同じ猫のスタンプが表示され、立て続けに

『ありがとう!じゃあ、1時間後くらいにあのカフェで待ち合わせできる?』


チラッと時計を見る。

(9時14分だから、10時過ぎくらいか。)

『了解です。10時過ぎに集合ですね』



数秒待つと既読と表示される。

これには彼女も既読で返すようだ。

返信が来ないのを確認すると、いそいそと準備を始める。

(何で自分はこんなにも気分が浮き立っているんだ?そもそも天津さんとは三日前に偶然知り合った赤の他人でしかないのに。)

何故こんな気分になるのだろうかという考えを隅に、待ち合わせの時間よりも20分ほど早めに家を出たのだった。





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(やっぱり、早過ぎたか。まだ家出てから15分も経って無いのに、気分が落ち着かない。)

普段ならば、並ばずとも注文できるのだが人の数が多く、たったコーヒー一杯に数分掛かった。

(あぁ、そういえば今日は休日だからこんなに人が多いのか。)

休日の賑やかな店内には言わずもがな、同世代のカップルが大半を占めていた。

そんな中自分はただ一人、窓辺のあの席に腰を下ろし本に目を落としていた。


というのも、

(本当に、やる事がない。)

とただそう思っていたからだ。しかしながら、視界の端に映る液晶画面上の時刻数字を覗いてしまうのは、まだ気分が落ち着かずにいることを自覚するのには十分だった。

時刻が変わるのを機に、時折頭を軽く振るい、開いたままの物語に意識を向ける。

連なる文章を目で追う。が、

(だぁあ!どうした、自分!)


物語が、文章が何一つとして頭に入ってこない。脳裏によぎるのは初めて聞いた慣れない単語。【デート】ただそれだけがじわりじわりと思考を侵食していく感覚を覚えた。彼女は、三日前に偶然出会っただけの他人であるとは心得ているものの、心中では「早く、はやく」と彼女を欲している。

(まるで、天使にも似た悪魔。いや、麻薬と言った方が妥当か。)

かの高名なシェイクスピアが言ったように、これほどまでに人を惑わすものは無い。


そしてやはり、僕の心情を読み取ったように、店内に突然ドアベルの澄んだ音が響いた。


カラン、コロン………


……時間が止まった。



扉の隙間から流れ込む、吐息に似たそよ風を受けながら、白いヒールパンプスの足先が覗く。

今日は日差しが強い。心なしか、強い陽が逆光して彼女の背で翼のように見えた。

三日前とは打って変わって、スラッとしたシルエットだ。着ているオールインワンが彼女の爽やかさを邪魔しないからだろう。


また、今日も彼女は

(やっぱり白か。)






僕の勝手な第一印象も、変わらない。


天使のような天津さん。













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