第2話 コーヒーとチャイティー、初めまして・・・・。


(……いや、近いな。流れで、どうぞとか言っちゃったけど、近いな。)

そんな彼女は、女性店員から受け取ったタオルで、水雪のようになった髪を乱雑に乾かしていた。

(………僕の隣で。)

近いといっても、僕らの距離は尋常では無いほど近いのだ。

そう、肘がぶつかってしまうほど。少し身動きすれば、すぐに彼女に当たってしまいそうだから気を遣う。

なのに彼女の方はと言うと、気にもせずにゴシゴシと髪を乾かし続けるから、僕の脇腹に肘がぶつかって、少し痛い。

参考書を読んでいる風を装って、無視を貫いていた僕だが流石に気になる。

「……あの、ち、近くないですか?」

勇気を出して言ってみたつもりが、心許無い声が出た。

「ん?………ああ!こりゃ流石に近いよね、ごめんごめん。どうかなって思ったんだけどダメだね、こりゃ」

(顔真っ赤だ、天然か?)

ごめんごめんと顔を真っ赤に染めながら謝る彼女を見て、心なしか頬が緩む。

「いいですよ、そんなに謝らなくたって。気になりましたけど、いいです」

「ほんと!ありがとう、少年!」

(しょ、少年?え、これでも23なんだけどな………。もしかしてそんな風に見えるのか?)

「どうかした?」

混乱する僕の顔を不思議そうに、覗き込んでくる。

「うーんと、僕のこと何歳くらいに見えてますか?」

「18」

(唐突!高校生!そうかぁ。)

「もしかして違った?」

「はい。こう見えても23なんですけど………」

「「………」」


二人の間に沈黙が落ちる。

「……ほんと、ごめん」

「いえ」

(気まずい。やっぱり変に質問しない方が良かったか?)

ちらと彼女の方を覗き見る。両手のひらを合わせながら、俯いている彼女の顔は赤みが増していた。

(かわいい、というかやっぱ天然だなこの人。)

「顔、あげてください。そんなに謝らなくったって」

なかなか顔をあげないので、苦笑いしながら言ってみる。

「はぁ〜、まじでゴメン。よくあるんだよね、こういうこと」

体勢を戻した彼女は、先ほど注文したチャイティーラテを口に含みながら言う。

「そうなんですか?まあ、別にいいですけど」

「うん。本当ありがとう」

距離が近いせいか、僕の膝に彼女の髪から水が滴る。

「あ、さっきから気になってたんですけど、なんで傘持ってるのに濡れてるんですか?」

そう、彼女の側には濡れた白い傘があるのだ。

「ああ、これ?最初はさしてたんだけど、お店に入る時になかなか閉じなくてさ」

「なるほど、お疲れ様です」

彼女は後頭部の手を当てて、えへへと笑うので僕もつられる。

会話も終わりかなと思って閉じていた参考書を開こうとすると、次は彼女の番だった。

「ねね、君の名前何?」

(今ですか、まあ遅いくらいですけど。)

「僕の名前は鳳蓮恩(おおとり れんおん)ですけど、あなたのお名前は?」

「私の名前は天津楢(あまつ なら)です。歳は21歳で芸大に通ってます!」

「芸大生なんだ、僕は歯学生です」

「へえー、そうなんだ!虫歯になったら助けてくれるんだ!」

ぱああと光が溢れんばかりの笑顔を向けられたので少したじろぐ。

(眩しいというか、慣れないな・・・。急にハイテンションになったし。)

「助けるって言ってもまだ学生だからできませんけどね」

「照れちゃってー!頼りにしてるぜ、鳳少年!」

(少年という歳ではないんだけどな。)

はははと軽く笑いながら思う。

そのまま会話は天津さん、もとい彼女が進めていって連絡先を交換しようという事になった。

お互いのスマホの連絡アプリを起動して、QRコードを読ませる。

「オッケー、完了ですね」

「うん!突然なのにありがとうね!」

「いえいえ、こんなにお話をさせていただいたのに、他人で終わりなんて変じゃないですか?」

「確かに!それな!」

うんうんと一人腕を組んで頷いている姿は、この店に入ってきた時とは印象が違って、とても可愛らしかった。


カランとグラスの中の氷が溶けて音が鳴る。

すでに中身は飲み干されていて、青く晴れた空が透けて見えた。

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