第43話

「まあ、言わせてもらえば、アンタって」

 

「うん」

 

「バッッッッカじゃない?」

 

「ひどくない!?」

 

 大きく息を吸い込んだかと思うと、きっと目を吊り上げて一言罵倒されたとなれば、さすがに可紗だってむっとする。


 だが、そんな彼女の不機嫌そうな表情を気にするでもなくウルリカはビシッと指を突きつけるようにして口を開いた。


「そんなん、どっちも気にしてるってことでいいじゃないのよ。なにが悪いわけ!?」

 

「はあ!? だ、だって不誠実じゃないの!!」

 

「どっちかと付き合ってるならともかく、アンタはフリーで、向こうが選ぶのと同時にアンタが選んでイイ立場なのよ」

 

「……で、でも」

 

 ウルリカの言葉は確かにそうだと可紗も思う。

 どちらかと恋人関係にあって、ほかに目移りしたのならばそれは不誠実だと断言できたかもしれない。

 だが、可紗はそれに納得できず口を噤んだ。


 それを見て、ウルリカは小さくため息を吐いて、幾分か表情を和らげて言葉を続ける。

 

「いい? 絶対なんてないわよ、恋だけじゃないわ。なんだってそうよ。ワタシにかかった難しい呪いを、偶然居合わせたアンタのおかげで竜に救われるとかのほうが確率的にあり得ないのよ?」

 

「いや、引き合いにするのがそれってどうなの?」

 

「いいじゃないの。……ワタシね、随分年上の男性に恋をしたの。名前も知らないわ」

 

「名前も!?」

 

「ええ、そうよ」

 

 ウルリカはにっこりと笑った。

 その笑顔は、なんの含みも持たない明るい笑顔で可紗は目を瞬かせる。


 彼女は想い人のことについて秘密にしていたから、もっと後ろ暗いところがあるのかと思っていたのだ。

 

「この町に越してきてすぐ、困っているワタシに親切にしてくれた人だったの」

 

「え、それだけ?」

 

「そうよ、それだけ」

 

 ウルリカが町に越してきて、役所に手続きするという母親と共に出かけ、最後は駅前で買い物をと思ったところではぐれて迷った挙げ句、躓いて転んでしまった。

 その際、行き交う人が誰も助けてくれない中で唯一声をかけてくれた男性だった。

 優しくウルリカを助け起こし、近くのベンチに座らせてくれていた。


 ただそれだけだ。

 だが、彼女にとってはそれで十分だったという。

 

「ねえ、恋なんていつでも手探りよ。お父さんより年上の人に恋したからって、アンタはワタシを軽蔑する?」

 

「そ、そんなことないよ! ……でも、応援はちょっとしづらいかな……だって、相手がそれだけ年上だと妻子ある人かもしれないし……」

 

「そうよねえ。ワタシだって略奪とかしたいわけじゃないし。でも、恋しちゃったの。その人が働いているお店を知って、あの時のお礼も兼ねて行きたいけど勇気が出なくて」

 

 ウルリカは物憂げにそう言って、勇気を得るためにおまじないをしたのだと言った。


 可紗は顔を引きつらせ、あんな危険なおまじないをするくらいなら普通に行くほうが簡単だったのではと思ったが、なんとかその言葉を飲み込んで適当に相槌を打つ。

 

「諦めるにしても、諦めないにしても、自分の恋には向き合ってあげるべきだわ。それが恋に恋する幼いモノだとしても、ワタシ自身の恋心だもの!」

 

「……ウルリカ」

 

「自分の恋心に、ワタシは責任を持ちたいの」

 

「……そっか、うん、そうだよね」

 

 明確な答えなんて、きっとどこを探してもない。


 だけれど、恋をして、それに向き合うウルリカは綺麗だと可紗は思った。

 キラキラしている。

 ただ美人だからとかそんなだけじゃない、輝きを纏っているような気がした。


 それが、恋を怖がらずに向き合っているからならば、自分もそうなりたいと可紗も思ったのだ。

 

(我ながら、単純だなあ)

 

 恋は、勝手だと可紗は思う。

 相手にアクションを求めている。


 ウルリカを見ていて、可紗は気づいてしまった。

 

 汀に対して、可紗はずっと自分の気持ちに気づかないでほしいと思っていたのではないかということに。

 見ているだけなら、良かった。

 嫌われることなんて一つもないまま、いい思い出で終わっただろう。

 友達になれた今は、その関係が壊れることが怖かった。

 

 ヴィクターに対しては、好意を見せてくれるだけ見せて、その後を可紗に任せてきたことが気に入らなかった。

 いっそのこと攫ってくれるほどの強引さをみせてくれたなら、相手のせいにして流されることもできたのだ。

 

(……私自身が、どうしたいんだろう)

 

 可紗にも選ぶ権利がある、そうウルリカは言った。


 だが、それは選んだ可紗の責任が伴う。

 それが恐ろしいものだとなんとなく、思う。


 まだ、ただ守られて甘やかされる、恋に夢見る子どもでいたい部分がそれを訴える。

 だけれど、そこから一歩先に踏み出したい自分も確かに存在する。

 

「うん、……うん。ありがとう、ウルリカ! なんかわかったかも!」


「ふふん、そうでしょうそうでしょう。恋愛のことならこのウルリカに任せなさい!」

 

 まだ、答えは出ない。

 だが、可紗にとっては一つの光が見えたような気持ちだった。

 

「じゃあ、感謝を行動で示してもらいましょうか!」

 

「え?」

 

「放課後、ワタシの想い人がやっているお店に行くわよ!」

 

「ええー……」

 

「お願いよ! 一人じゃ行けないの! 一緒に来てくれるだけでイイから! 奢るから!!」

 

 ウルリカが必死になってしがみつく中、可紗は少しだけ悩んでから渋々頷いた。

 こうして彼女に相談して、話を聞いてもらって励ましてもらったのだからそのくらいはいいかなと思ったのだ。

 

「……どこのお店? 制服で行けないなら、一旦帰ってから待ち合わせしなくちゃ」

 

「駅前の喫茶店よ。昔からあるっていうから、アンタは知ってるんじゃないかしら」

 

「え?」

 

 駅前の喫茶店。その言葉に可紗はいやな予感がした。

 

 いくつもコーヒーショップなどが建ち並ぶ界隈ではあるが、昔からある喫茶店というと限られてくる。

 そう、可紗がアルバイトをしている喫茶店とか。


 想い人の特徴を熱烈に語ってくれたウルリカだが、可紗は話を詳しく聞くにつれ、頭を抱えたくなってしまった。

 心当たりがあったのだ。

 

(マジか。……マジかああああ!)

 

 極めつけは店名だった。

 やはり可紗のアルバイト先で間違いない。


 そして、その喫茶店で該当する男性店員は、たった一人だけ。

 つまり、ウルリカの恋する年上男性というのは、可紗がお世話になっているオーナーだったのだ。


 ちなみに今年で七十歳になる。

 

(そりゃ、親には言えないわ……!!)

 

 否定はしないが、応援はしづらい。

 可紗はそう思いつつも「放課後が楽しみね!」とはしゃぐウルリカになんとも言えずただ乾いた笑いを浮かべるのであった。

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