第39話
「あれっ、そういえば……そうなると、汀くんのカノジョも、汀くんが蛟だってことは知ってるの?」
「……カノジョ?」
「うん、お付き合いしてるけど、隠してたりする? そう話すこともないだろうし、私も口外するつもりはないけど……ってそうだよ! ここのところ、私とか明石さんと一緒に帰ってたけど、大丈夫?」
「? なにが? ごめん、話が全く見えないんだけど……」
「え、いやだって……同じ学校の下級生に、彼女がいるって噂……」
このところすっかりウルリカのおまじない騒動で、その後のこともあって放課後一緒にいることが増えたのだ。
単純に友達が増えて、憧れの人と仲良くなれて可紗としては楽しい時間でも合ったが、今更ながら汀に年下のカノジョがいるという話を思い出して顔を青くした。
そのカノジョがどのような人物かは知らないが、普通に考えて毎日のように同級生の女子と仲良く下校したり、放課後を過ごしていると知ればいい気分ではないはずだ。
(汀くんと仲良くなれたってそれだけでハイテンションになってやらかした……!!)
どれだけ自分本位だったのかと自己嫌悪に陥りそうな可紗だったが、汀は眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
そして少し躊躇いがちに、彼は可紗に向かって口を開いた。
「多分、それはマオだと思う」
「えっ?」
「さっきも言ったけど、マオは未熟なんだ。可紗さんたちの前でも耳と尻尾が出っぱなしだろう? あれはね、隠さないんじゃなくて隠せないんだよ」
「ええっ……そ、それ困るヤツだよね?」
「そう。すごく困る。猫又だろうがなんだろうが、人間生活を送っている以上あのままってわけにはいかないだろう? 真白さんたちの一族はうちに代々仕えているからマオも働いているんだ。まあ、この家の敷地内ならそう問題ないけど……」
汀に言わせると、マオは本性、つまり猫又としての血が濃く出ているらしく、普段からああして耳や尻尾が出ているらしい。
普段からしまうための修行というものをしているのだが結果は芳しくないそうだ。
そのため、幻を見せる術を使うことで誤魔化しているのだが、気を抜くと解けてしまうので大変なのだとか。
とはいえ、生活のためなので彼女自身必死で耳をしまう術や幻術を使いこなすため、日々頑張っているそうだ。
しかしマオも高校生、楽しいことがたくさんの学生生活の真っ最中。
友人とはしゃいだり、授業で疲れ切ってしまったりすると本性が出てしまいがちなのだとか。
「おかげでぼくがそのたびにマオに術をかけるから、ちょくちょく様子を見に行ってたんだ。母さんにも『お前にとってもいい修行だから頑張りなさい』とか言われてさ」
「へ、へえ……そうだったんだ」
「マオは妹みたいな存在だけど、まあそうか……人に話を聞かれたり術をかけているところを見られたら困るから呼び出したりしてたんだけど、第三者の目からしたらそういうふうに見えちゃうのか」
参ったなと苦笑する汀に、可紗は目を瞬かせる。
つまり、可紗が今まで信じてきた『汀に恋人がいる』という部分は崩れ去ったことになる。
別に今までそれに遠慮して話しかけられなかったというわけではないので、なにが変わるというわけではない。
けれど、可紗にとっては大きな出来事だった。
(見ているだけでも、良かった)
だけれど、当たり前のように話ができるようになった。
こうして、距離感も近くなった。
その事実に、可紗の中に、むくむくと〝もっと〟という感情が膨らんでいく。
だめだと思っても、一度それを意識してしまうともはや制御できそうにない。
「じゃ、あ……汀くん、フリー、なんだ……」
「うん? まあ、そうなるかな。可紗さんは?」
「えっ、私!? わ、私もいないよ。バイトと授業でいっぱいいっぱい……これからのことも考えないといけないし。ほら、進路希望表、渡されたでしょ?」
「ああ……」
「汀くんは? やっぱり進学?」
「まあね」
そうだろうなと可紗も彼の答えに納得して頷いた。
三ツ地家の跡取りとして、多くのを学ぶに越したことはないのだろう。
先ほどの会話からも、それらに対して汀が責任感をもっていることは可紗にもわかる。
だから、彼が進学すると言ってもなにも不思議に思わなかった。
「可紗さんは?」
「……正直に言うと、迷ってる」
「どうして?」
「私が進学したいって言えば、ジルさんたちは応援してくれると思うんだ。でも、今でも生活費とか学費とか、なんだかんだ全部お世話になっちゃってるし、大学とかだともっとお金がかかるじゃない。奨学金を利用することも考えたけど、それでいいのかなって最近思い始めて」
金銭面で全てをお世話になっている可紗は、就職すべきかと最近悩み始めていた。
生活が苦しいわけではない、むしろ以前よりも良い暮らしをさせてもらっている。
可紗もアルバイトをしているのでせめて生活費くらい納めたいところではあるのだが、ジルニトラは一切受け取ってくれない。
それどころか小遣いまでもらっているので、可紗としては本当に恐縮しっぱなしなのである。
ただ、それもこれも愛情から来ていると今はよくわかっているので拒否もできない。結局のところ、可紗が〝
(……だから、進学したいって言えば、きっとさせてくれる)
でもそれでいいのだろうかと可紗は思うのだ。
漠然と〝学びたい〟と思ったところでなにを学びたいかもわかっていなかった。
それでは無駄遣いではないのかと、思ってしまったのだ。
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