第32話

 そして翌日。

 

 すっかり夜のとばりが落ちた件の神社に、彼らの姿はあった。

 人がいない時間帯がいいだろうということと、可紗のアルバイトの都合で夜に集合したわけだが、そのメンツを見て可紗は驚いてしまった。

 

「いやいやいやいや」

 

 思わず、可紗は神社に足を踏み入れて顔を引きつらせていた。

 

 神社の入り口では真白とマオが待っており、丁寧に可紗に対してお辞儀をして人払いをしておいたと教えてくれた。

 ありがたいがこれはどういうことだと首を傾げながら進めば、境内にはバツの悪そうな汀と、ウルリカの姿がある。

 

 そんな彼らの後ろには、彼らの保護者であろう人々の姿があったのだ。


「え、えっと……ごめん、待たせた?」

 

「いや、大丈夫……」

 

「ワタシたちも、ついさっき……」

 

 なんと声をかけるべきなのかわからず、ありきたりな待ち合わせのような言葉を出してしまって可紗としても微妙な気持ちになったが、他に言葉が見つからなかったのだ。

 それは汀とウルリカも同じだったのだろう、彼らもなんとなく歯切れの悪い様子で返事をくれている。

 

 そんな中、ウルリカの後ろから一人の男性が歩み出て、可紗を見下ろした。

 

「キミが、柏木サン?」

 

「えっ? は、はい。そうですけど……」

 

 眼光鋭い男性の視線に思わず実父を思い出して腰が抜けそうになった可紗だったが、彼女が肯定したことで男性はその場に突如として土下座をした。

 これまで生きてきて人間が地面に土下座をする場面などドラマぐらいでしか見たことのない可紗は「ひぇ」と情けない声をあげる。

 

「マコトニ! 申し訳! ありませんでしたア!!」

 

「ひい!」

 

「ウルリカから全部、全部聞きました。ワタシが娘に間違った知識を話したのが原因デス!!」

 

 大男の部類に入りそうな体格の男性に土下座された上にえぐえぐと泣かれて可紗が慌ててどうしていいかわからずにいると、今度は汀の後ろから和服美女が一歩前に進み出て可紗に頭を下げる。

 

「うちの息子もあまり役に立たないどころか、逆に迷惑をかけたみたいで……大変申し訳ありません。この神社の管理は三ツ地家が行っておりますので、今夜はこちらで人払いを確実にさせていただきます」

 

「えっ、あっ……ええと、あの」

 

 どちらの親からも謝罪をされるなんて状況にパニックになりつつある可紗が救いを求めて汀とウルリカに視線を向けるが彼らは彼らで色々家族とあったのだろう、どんよりとしているのが暗がりでもわかった。

 

「あの! だ、大丈夫です。汀くんは私のことを心配してくれただけですし、明石さんは、ちょっとあの……行き過ぎただけで、反省しているみたいですし……」

 

「ありがとうございます。息子に聞いていた通り、優しい子なのね」

 

 ふわりと笑った汀の母親は、高校生の息子を持つ女性とは思えないほどの若々しい美女で思わず可紗はどきりとした。

 そしてウルリカの父も、妻に支えられて立ち上がってもう一度謝罪の言葉を述べる。

 

 ようやく場の空気が落ち着いたところで、可紗はまだそこにジルニトラたちが来ていないことに気がついた。

 

「……まだ、来てないのかな」

 

 ぽつりと呟いた可紗の言葉に、ウルリカが心配そうに周りを見回しながら、歩み寄ってくる。

 汀も同様に歩み寄ってきて、なんとはなしに円陣を組むようにして三人は大人たちに聞こえないように小声で話し始めた。

 

「ねえ、ちょっと状況が飲み込めないんだけど。なんで二人とも親同伴なワケ? そんなこと連絡してきてなかったじゃん!」

 

「いや、ぼくはほら……真白さんが母さんに報告しちゃったみたいで、出る時間に玄関で待機されてて……」

 

「ワタシだって内緒にしてたわよ! でも呪いにお父さんが気がついちゃったんだもの、仕方ないじゃない……」

 

 二人とも可紗に言われたことは自覚があるのだろう、申し訳なさそうに話す。


 可紗としても責めるべきではないことはわかるし、夜間の外出なので当然だと思うところはあるのでできれば事前に教えてもらいたかった。

 

「でもまさか出会い頭に土下座されて泣かれるとか私の身にもなってよ!」

 

「それは本当にゴメンナサイ、お父さんって結構デカいしイカついんだけど、実はシャイで繊細なタイプなのよ……だからワタシがおまじない失敗して、しかもそのおまじないが間違ってたって話をしたら、……もうずっとあんな感じなのよ……」

 

「母さんも、ぼくがもっと上手にやれたんじゃないかとか、最初から転校してきた人が人外かどうかチェックしとけって説教されたよ……」

 

「……二人とも苦労してんだね……?」

 

 げんなりした様子の二人に、可紗はさすがに同情する。


 特に汀に関しては親切心から行動してそれを咎められているのだから、申し訳ない気持ちにもなる。

 とはいえ、二人の様子からこの場にいる大人たちには事情がある程度ちゃんと伝わったのだろうと可紗は考え、説明をする手間が省けたのだからよしと考えることにした。

 

「それで? アンタの・・・・魔法使いはいつ来るのよ」

 

「バイト終わったときに連絡入れておいたから、そろそろだと思うんだけど」

 

「……ちょっと気になったんだけど、可紗さんの言い方だとその魔法使いって」

 

 汀が首を傾げて質問の言葉を続けようとしたとき、大人たちが小さくざわめいたのが聞こえた。

 それを耳にして、彼らもまた顔を上げたのだった。

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