第31話

 少女たちは揃って肩を落とす。

 叶わぬ恋の話ほど、虚しいことはない。

 

「まあ、そういうことで細かい内容は話さず、呪いについてだけ助言をもらったらどうかなって」

 

「……そうね、見てもらうだけなら……」

 

 可紗の説得もあって、ウルリカはようやく頷いた。


 きっと彼女も不安だったに違いない。呪い返しは確実に発動していると自身で確認しているウルリカは、意地もあって気丈に振る舞って見せていただけだ。

 不安と焦りから可紗を脅すように呪ったのだろう。

 

 許される話ではないが、可紗はそれが理解出来ていたからそこまでウルリカに対し、怒ってはいなかった。

 

(悪い子じゃなさそうだしなあ)

 

 ウルリカの仕出かしたことは勿論、褒められたものではないし、巻き込まれて迷惑は迷惑だ。

 だがそれでも、一途に暴走する彼女のおかげで可紗は汀と親しくなれた。

 

 当然、このことは全てが終わったらきちんと謝罪をしてもらおうとは思っている。

 

 全部がきちんと片付いて、ウルリカの呪いも、可紗の呪いも綺麗さっぱり消え去って、それで謝罪をしてもらえば済む話だと可紗は考えているのだ。

 

 友達として今後もお付き合いしていくかどうかは、それからだ。

 

(ヴィクターさんには甘いって叱られそうだなあ)

 

 ジルニトラは割となんでも鷹揚に受け入れてくれるようだが、ヴィクターは基本的に身内に甘く他に厳しいところがある。

 二人揃うとちょうどいいバランスなのかもしれないと可紗は思うのだが、ヴィクターにとって庇護対象である可紗に呪いをかけたウルリカに対し厳しい目を向けるのは当然でもあった。

 

(……それを考えたら、ジルさんに明石さんを会わせるのは最終手段だな……!)

 

 きっとジルニトラのことだから、可紗の願いを受けて解呪してくれるに違いないが、その後はヴィクターによるお説教だ。


 ウルリカは勿論、それを簡単に許す可紗もお説教の対象になるだろう。

 正座で並ぶ未来が見えて、可紗はそっとその予想が外れることを祈るしかない。

 

 それはともかく、ウルリカを座らせてぐるりとその周りを回った真白は正面に座り直し、大きくため息を吐き出した。

 

「これは厄介ですねえ、内容は単純なはずなのですけれど……一体なにをしたらこうなったんです? 色々と絡まり合って、複雑化してしまっています」

 

「……丑の刻参りを曲解したものを聞いて実践したらしい」

 

「丑の刻参り……ですか」

 

「恋のおまじないだって教わったのよ!」

 

「それはまあ……どのように教わったのです?」

 

 真白が呆れた様子を隠さず、ウルリカに問う。

 ウルリカは少し躊躇ってから、小さな声で答えた。


 さすがに今の状況は、彼女が思うよりも悪かったのかもしれない。

 

「夜、人がいない時間帯に神社で、神社に近い木を選んで」

 

「はい」

 

「お気に入りの人形に、お気に入りの香水を振りかけて」

 

「……ええ」

 

「相手を想いながら、魔力を込めた釘を心臓の位置に打ち込むの」

 

「……ええ……」

 

「そうすれば、想い人のハートに気持ちが伝わるって……人に見られたら、想いの強さの分、呪い返しがくる呪法だって……」

 

「盛大に違いますね」

 

「ひん」

 

 きっぱりと否定されて、ウルリカは知ってはいてもショックを感じたらしく情けない声をあげて半べそになった。


 一方の真白は、ウルリカの言葉に頭が痛そうにしながら、汀に向き直る。

 

「単刀直入に申し上げてもよろしいでしょうか。本来ならば成立しそうもない、手順などなにも踏んでいない呪法ですが……」

 

「続けろ」

 

「残念ながら、もとより異形の血を引く明石様のお気に入りの人形とあれば、魔力を帯びていても不思議はございません。また、他者を呪うだけのお力もあるようですし、魔力を込めて打ち込んだこととご本人が呪法を信じていたことが相まって呪法として成立してしまったのだと思われます」

 

 真白の判断に、汀は難しい顔をした。


 可紗にはよくわからなかったが、どうやらウルリカが元々人魚であることと信じて呪法を行ったということで、ある意味成功したということらしい。

 しかしその様子に、ウルリカも思い詰めたような顔をして可紗の腕を掴んで立ち上がった。

 

「え?」

 

「いいわよ! 魔法使いに会いに行くわ!!」

 

「え?」

 

「どうせワタシが全部悪いんでしょ!? ならこれ以上迷惑かけないようにしてやるわよ! 魔法使いに解呪してもらって可紗も解放して、魔法使いに鱗でもなんでも差し出すわよ……!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて明石さん……」

 

 強気な物言いというよりは自棄になっている、そう可紗は思った。

 実際ウルリカは今にも泣き出しそうであったし、彼女のその様子にマオがオロオロと、真白は慌ててハンカチを取り出して差し出し、汀は思案顔だった。

 

「……ぼくもついていく」

 

「えっ」

 

「今からでも魔法使いには会えるのかい?」

 

「坊ちゃま!?」

 

 まさかの今から発言をする汀に可紗が戸惑うが、真白とマオは別の意味で困惑しているようだった。

 魔法使いという存在が彼らにとってどのようなものかわからないが、ウルリカの発言を借りるなら本物の魔法使いというのは今となっては珍しい存在だという話だ。

 

 とはいえ、二人には本当の魔法使いではないというようなことを言ったはずだが、他に名称を教えていないのだからそう呼ぶのは当然とも言えた。


 だがそんな事情を知らない真白とマオからすれば得体の知れないものに大事な跡取りが会いに行くとなれば、大問題に違いない。

 

「え、えっと……さすがに今日は無理だよ。あちらの都合も聞かないと」

 

「……それもそうか」

 

「なによう、なによう、折角ワタシが覚悟を決めたっていうのにィ……」

 

「ああほら、明石さんは泣き止んで」

 

「泣いてない!」


「はいはい」

 

 可紗はウルリカを宥めながら、ジルニトラになんと相談しようかと頭を悩ませる。


 おそらくジルニトラのことなので今日これから連れて行ったとしても快く受け入れてくれるに違いなかった。

 だが自宅で共に暮らす人物こそが魔法使いだと彼らにどう説明していいのか可紗にはわからなかったのだ。

 

 話したからといって彼らが可紗を拒絶するとは思えなかったが、魔法使いに対して良いイメージを持っていなそうだという点が気になり、今更言い出しにくい雰囲気になってしまったのだ。

 

「……聞いてみて、それでどうするかはメッセージ送るよ……」

 

 そうして可紗はウルリカとも連絡アプリのIDを交換し、折角だからと出してもらったお茶とお菓子をいただいて帰路についたのであった。

 

 紅茶は少し煮出しすぎだったのか、普段飲んでいるものよりもちょっぴり苦く感じたのであった。

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