第27話
そしてそれをまるで見計らったかのように、図書室の扉が開いて教師の姿が見えた。
中にいる可紗たち三人のことを見て少し驚いたような顔をしたのは、可紗の担任でもある田中先生だった。
「なんだお前たち、騒ぎを起こしたと思ったらこんなとこにいたのか?」
「あー、ちょっと行き違いがあって。でももう仲直りしたから大丈夫デス! 先生はどったの? 見回り?」
「ん? ああ、最近図書委員が当番をサボってるって話が出てな、生徒たちが入り浸ってたら問題だろ? だから先生たちが定期的に見回るようになったんだよ」
可紗の言葉に田中先生も疑問を抱くことはなかったようで、室内をぐるりと見回して汀へ視線を向ける。
「まあ、今日の当番が三ツ地なら準備室のほうに誰かいるってこともないだろうし、柏木も図書委員だもんな。そっちの転入生、明石だったか? トラブルのほうは問題ないんだな?」
「……ちょっとケンカした、だけです。もう、仲直りしました」
「そうかそうか! じゃあ三ツ地、戸締まりだけはしっかりな?」
「はい」
優等生である汀のおかげか、田中先生はにっこりと笑って去って行く。
確認作業が面倒だったのか、あるいは優等生がいてくれたおかげか。
もしくは療法かもしれないが、とにかく先生はすぐに去って行った。
そしてその足音が遠のいたのを確認して、三人揃って安堵の息を吐う。
「そっか、図書室の時間もそろそろだったね」
可紗たちが通う高校では、放課後の解放は午後四時半までと定められている。
職員会議やそのほかの理由もあるが、部活動に所属する生徒たちが途中からでも参加できるようにという配慮らしかった。
他の学校ではまた違うらしいが、とにかく田中先生が見回りに来たのもその時刻に差し迫り、いたずらに他の生徒が残っていたり施錠がされていない箇所がないかを確認するためだったのだろう。
「それじゃ、施錠確認だけするから二人は廊下に出てて。すぐ済むよ」
「うん、ありがとう」
「…………」
可紗とウルリカが先に出て、汀が窓の鍵を確認してカーテンを閉め、図書室の鍵を最後に閉める。
最後に職員室へ鍵を返却しに行った三人だが、ふと可紗は首を傾げた。
「あれ? 昼休みの時に鍵を返却しなかったの?」
「ああ、チャイム鳴っちゃったからね。一応先生に報告だけして、持ってたんだ。……こうなることを予想していたわけじゃないよ」
「まあ、そうだよねえ……」
汀が言い訳と称して説明した内容によれば、やはり昨日の一件から可紗のことが心配で放課後少し話をしようしたのだそうだ。
彼は一組なので、五組にいる可紗の元へ行く途中、四組の前を通った。
その際、可紗の腕についていた魔力の残滓を感知して教室を覗き込んだところ、ウルリカの姿を目にして、同じく人外の血を引くものがいる……ということで、可紗になにかをしたのがウルリカだと確信したらしい。
そしてそれについて問いただそうとして、周囲の目もあったのでつい連れて出てしまったという話だった。
「……み、汀くんて案外、冷静沈着なタイプじゃなかった……?」
「それは……少し、焦ってしまって。友達が呪いにかかったことは心配だったし」
「な、なによなによ……ワタシが悪いみたいじゃない!」
「いや、悪いだろう」
ウルリカが不満の声をあげるが汀にばっさりと切り捨てられ、ぐっと悔しそうな顔を見せる。
どうやら彼女にもそれなりに自覚があるらしい。
「とはいえ、事情が事情だけどまだ少しお互いに話し合いが必要なんだろうな。……二人とも、時間があるならうちに来ないか?」
「えっ、汀くんのおうち……?」
思いがけない提案に驚く可紗に、汀は薄く笑みを浮かべて頷いた。
そして時計を見ながらウルリカの方にも視線を向けて、汀は言葉を重ねる。
「うちなら近いし、そこでなら今回の件をいくら話したって、変な目で見る人はいないからね。あまり先延ばしにするべき話題じゃないと思うんだけど、どうかな」
「えっ、本当にいいの?」
「……そうね、お邪魔させてもらおうじゃない。このままじゃ埒が明かないもの!」
「どうしてきみはそう上から目線なんだ」
呆れる汀をよそに、ウルリカは腕を組んで挑戦的だ。
蛇と人魚は相性が悪いのだろうかと可紗は少し不思議に思いつつ、スマホを取り出して友達の家に寄るから遅くなるとだけヴィクターにメッセージを送っておいた。
余談ではあるが、ジルニトラはあまり携帯電話などの機械類は好きではないらしい。
年齢の問題ではなく、ジルニトラが持つと壊れるのだとヴィクターが笑っていたので可紗は首を傾げたものだったが、ふと思う。
(……ジルさんって、結局何者なんだろう)
色々複雑だからそれらをひっくるめて〝魔法使い〟と名乗った年齢不詳の美しい老婦人。
可紗が興味本位で二人にどのくらい昔の歴史を知っているのかと問うと、ジルニトラはただうっとりとするような笑みを浮かべただけだった。
ちなみにヴィクターは『テルモピュライの戦いは凄絶だった』と楽しげに微笑んだのが、なんとなく恐ろしかった。
可紗が思うよりも彼らがずっと年上なのだろうと、それ以来彼女は二人の年齢については触れていない。
なんとなく、聞かない方がいい気がしたからだ。
それを考えれば汀とウルリカは〝人外の血を引いている〟だけで同年代なのは確かなようだし、可紗からするとなんとも不思議だ。
日常の裏側に、こんな不思議な世界が身近にあるだなんて誰が知っていただろうか。
(……これもなにかの縁なんだろうけど。でも私は普通の人間なんだよなあ!)
そう改めて思った可紗は、どことなく険悪な雰囲気を醸しながら前を歩く汀とウルリカの背中を見つつ、二人に気がつかれないようにこっそりとため息を吐くのだった。
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