第26話

汀のその言動に可紗はほっとしつつ、ウルリカをただ見つめる。

 可紗としてはもう出せるカードはなに一つとして、ない。

 

 実際、可紗は困らない。

 困るのはウルリカだけだ。


 それを繰り返し伝えることで彼女がどう判断するか、それに賭けるだけの話だった。

 

「……まだアンタの知り合いっていう魔法使いを信用できない」

 

「じゃあどうするの?」

 

「ぐっ……」

 

 可紗が呆れて問えば、ウルリカも先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、悔しそうに俯いてしまった。

 

「そもそも、二人はどうしてそうなったのか聞いてもいいかな」

 

「あー……」

 

 こうなってしまっては汀も無関係とは言えない。


 そう可紗は思ったものの、丑の刻参りを恋のおまじないと勘違いした挙げ句、その勘違いの所為なのか呪い返しが恋愛成就になったという内容を説明するのには躊躇われた。

 

 可紗としても自身の巻き込まれっぷりになんとも言えない気分だったし、ウルリカの恋愛事情を勝手に説明するのには乙女心と良心が待ったをかけてしまう。

 

「ええと……まあ、誤解がきっかけなんだけど、こっから山の方に行く住宅街に神社あるでしょ?」

 

「……ああ、うん。無人のヤツ?」

 

「そう。そこで明石さんが、丑の刻参りをしてるのを見ちゃったんだ」

 

「ええ!?」

 

 汀の反応は至極真っ当だと可紗にも思えた。

 なにせ、本来は命を奪うのが目的な呪術なのだ、危険極まりない。

 

「じゃあ、可紗さんの命を狙ったのって……」

 

「あー、違う。そこは違う」

 

「違う……?」

 

 可紗の否定に、汀は怪訝けげんそうにする。


 それもそうだろうと彼女は思ったが、ちらりとウルリカに視線を向けても自分で説明をする気はない様子であった。

 それにため息を吐きながら、可紗は少し考えて続けた。

 

「内容はプライベートなこともあって詳しく言えないけど、彼女は丑の刻参りをただのおまじないとして行っていて、時間とか手順は色々間違ってたみたい」

 

「間違い? 本来なら確か、丑の刻参りを見てしまった人を殺さないといけないとかそんなんだったろう?」

 

「うん。でもそのせいなのか、なんか違う物になっちゃったみたいで……」

 

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 汀も本による知識があるので可紗のぼんやりとした説明にも納得してくれたようだった。


 だが、それよりもなによりも丑の刻参りをした張本人であるウルリカのほうがその説明に驚いたようで、酷い顔色で頭をぶんぶんと左右に振っている。

 

「邪魔した人間を殺す!? そ、そんなことを本当はしなくちゃならない呪法なの……!?」

 

「え? うん、なんか……そうみたいだよ? 私も聞いた話だけど」

 

「ぼくも、本で読んだ内容はそんな感じだったけど……」

 

「ワタシ、そんな物騒なことしないわよ!!」

 

 必死で弁明するウルリカだが、可紗はそれに対して胡乱うろんな視線を投げかける。

 それに気がついて文句を言おうとするウルリカより先に可紗が口を開いた。

 

「……目が覚めない眠りの呪いをかけた人に言われたくないなあ」

 

「うっ……そ、それは……ちょっと、表現が、アレだっただけで……」

 

「え?」

 

「め、目覚めない呪いなんて恐ろしいモノ、ワタシには扱いきれないわよ……せいぜい、一週間くらい眠りっぱなしなだけで……脅しっていうか、あの時はカッとなっちゃって……」

 

 恥ずかしそうにスカートの裾を握りしめたウルリカのその言葉に、可紗は目を瞬かせた。なんと、眠りはするが永遠の眠りではないという。

 

(いや、一週間でも長いな!?)

 

 案外短かったな、なんて思ったところですぐそれを否定する。

 どうにも妙なことに遭遇しすぎて、感覚がおかしくなっているようだ。

 

 そもそも〝呪い〟という普通に考えれば非科学的なモノを当たり前のように受け入れているあたり、感覚がズレてきているなと可紗はなんともいえない気分になった。

 

 とはいえ、可紗だってもう魔法も、人ならざる者の存在も目の当たりにしている。

 だから今更、非現実的だのなんだの言うつもりは毛頭ない。

 

「……すまない、話の途中だけど結界を解かなくちゃいけないようだ。先生がこっちに来る感じがするから、これ以上は不自然だ。……明石さん、すぐ元の姿に戻れるか?」

 

「勿論よ、当然でしょ!」

 

 ふと汀が図書室の扉へ厳しい視線を投げかけ、可紗とウルリカのほうへ提案してきた。

 ウルリカも文句を言い足りない様子だったが、なにかを察知したのかすぐに元の姿に戻る。


 彼女たちの変化を目の当たりにして「おお……」と可紗が感慨深げに拍手をすると、ウルリカに睨まれてしまったのだった。

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