第25話

「汀くん! 明石さん!」

 

「可紗さん、なんで……ここには結界を……」

 

「可紗じゃないの。なにしてるのよ、ワタシのためにアンタはさっさと結果を出しなさい!」

 

「……ッ、やっぱり可紗さんに迷惑をかけているのはお前じゃないか!」

 

「なによ、ウルサイわね! この蛇男!」

 

 目の前で取っ組み合いが始まるのではないかと思うほどに声を張り上げる汀とウルリカだが、次第にそれぞれ姿が変貌し始めたことに可紗はぎょっとする。

 

 ウルリカの髪から覗いていた耳はまるで魚のひれ・・のようになり、ターコイズブルーの目を爛々らんらんと光らせ、口元からは鋭い牙が見えているではないか。

 

 対する汀は大きく変化こそ見られないが、可紗に見せた金の目を大きく見開くようにしてウルリカを睨み付けている。

 そんな彼の白い肌には鱗のようなものが見えていた。

 

「……リアル怪獣大決戦……!?」

 

「はあ!? ちょっと、聞き捨てならないわね!!」

 

「怪獣って……それはイヤかな……」

 

 思わずそれらを目の当たりにした可紗がボソリとそんなことを呟けば、同時にツッコミが入った。

 それに思わず可紗が驚きつつも笑ってしまうと、毒気が抜かれたのだろう。

 二人が同時に大きなため息を吐いた。

 

「まあ、汀くんがいてくれるなら心強いかな。ねえ、このままちょっと結界? ってやつそのままにしててもらっていい?」

 

 可紗は二人の姿になにも触れることなく、椅子に座った。

 ウルリカがとてもいやそうな顔をするのを無視して、可紗はにこりと笑ってみせる。

 

「ねえ明石さん。知り合いの魔法使いに呪いが解除できないか聞いたんだ」

 

「……なんですって?」

 

「そしたら、その人は私にかかっている呪いを解けるって断言してくれた」

 

 きっぱりとそう言うとウルリカは眉をひそめ、可紗を見下ろしている。


 その表情から嘘かどうかを考えているのだろうと感じ取ったが、可紗は気にせず言葉を続ける。

 

「でも私にかかる呪いを解除するってことは、それ相応の代償が呪いをかけた側に跳ね返るとも言ってた」

 

 可紗のその言葉に、ウルリカがぐっとなにかを堪えるような表情を見せる。


 彼女もそのリスクは十分に理解しての行動だったのだろう、どう対応するか悩んでいるに違いなかった。

 

「……ねえ、明石さん。私と一緒に、魔法使いのところに行ってみない?」

 

「…………」


「私は自分で呪いを解除する方法を見つけた。私にデメリットはなにもない」

 

 そう、このまま強硬手段で可紗の呪いをジルニトラに解除してもらったところで、可紗にとってデメリットはなにもない。


 むしろウルリカからすれば、呪いの跳ね返りを喰らうわ自身にかかる呪い返しについてどうにもできないわで詰んでいる。

 可紗に対しての強制力は、失われたと言っても過言ではない。

 

「……ワタシが魔法使いに会って、なんの得があるワケ?」

 

「明石さんの呪いも解けるかもしれないよ」

 

「……アンタの話が嘘だって可能性もあるのよね? ワタシの呪いから逃げたいがために、苦し紛れに……」

 

「そう思いたいなら、そうしたら?」

 

 可紗はあえて冷たく言い放つ。

 彼女的には最大限の譲歩はしているのだし、友人関係ともまだ呼べない仲のウルリカに対してむしろ親切にしていると思っている。

 

「……あの、可紗さん。ぼくからも聞いてもいいのかな」

 

「ん、なあに? 汀くん」

 

「呪い返しとか、呪ったのが彼女で確定とか、色々気になるところはあるんだけど……魔法使い? 魔法使いに知り合いがいるのかい? 本当に?」

 

「そうよ、簡単になんて信じられないんだから! 今はそんなに力の強い魔法使いなんてそういないってお父さんも言ってたんだからね!!」

 

 困惑する汀とは対照的に、ウルリカは気に入らない様子だ。


 とはいえ、可紗もジルニトラについては〝母が敬愛する魔法使い〟としか知らないし、それ以上のことを知るつもりもない。

 本人から『人ではない』とは聞いているし、厳密には魔法使いとも違うと言われたがそれを二人にどう説明したものかと考えて、可紗は降参するかのように手を挙げた。

 

「うーん、正直な話をすれば、その人は魔法使いじゃなくて、汀くんたちと同じなにか……人じゃない人なんだと思う」

 

 人じゃない人、それはなんとも矛盾した言葉であったがなによりの説得力があった。


 ぐっとなにかを言いかけて、口を閉ざす二人も基本的に人間に対し自分の素性を明らかにしているわけではない後ろめたさのようなものがあるのかもしれないなと可紗は勝手に納得しながら、二人を見る。

 

「明石さんが信じられないなら、汀くんも一緒に来てもらうとか?」

 

「……コイツを信じろって?」

 

「ぼくはどちらでも」

 

 汀は肩を竦めて可紗を支持するかのように腕を組んでウルリカの返答を待つ姿勢をとってくれたのだった。

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