第28話
それからほどなくして三人は、【三ツ地】と記された表札のある大きな家へと辿り着いた。
聞きしに勝るとはまさにこのことだと可紗は顔を引きつらせ、ウルリカは初めて見るらしい純日本家屋に目を輝かせている。
「あっ坊ちゃんお帰りなさいませぇー……って坊ちゃんが女の子を連れて来た! しかも女の子! 女の子ですぅ!!」
汀の帰宅に気づいたのであろう、ちょうど玄関から入ってすぐのところを庭掃除していたらしい女中姿の少女がパッと笑顔を見せた。
かと思うと、汀の後ろに立つ可紗とウルリカの姿を見つけて、大慌てで家の中に、庭にと大声で報告する。
「うるさいぞ、マオ。騒ぐな、お客様の前だろう」
「ひぇっ、すみません! ささ、お嬢様方どうぞこちらへ……今、お茶などご用意いたしますね」
その様子に慣れているのか、汀はため息を吐きつつ目の前の少女を窘めてから二人を振り返った。
「すまない、悪い子じゃないんだけど……ちょっと落ち着きがなくて」
「えっ、う、ううん? 大丈夫だよ?」
「ちょっと待ちなさい、なによあの女……あの女……」
「明石さん?」
プルプルと震えるウルリカに可紗が首を傾げていると、ウルリカは汀を睨み付けた。
そして何故か可紗の後ろに隠れるようにしているではないか。
それはもう、素早い動きだった。
「え? あ、明石さん?」
「ね、ね、ね」
「ね?」
「猫じゃないの! あの女!!」
「へ?」
叫ぶその言葉に、可紗は間抜けな声しか出せない。
可紗の目には、先ほどマオと呼ばれた女中姿の少女はただの、同年代の女の子にしか見えなかった。
そんな中、当のマオは可紗にむけてにっこりとした笑みを浮かべた後、ウルリカに視線を移し目を細める。
その目を見て、可紗もぞくりとした。
まさしく、獲物を狙う猫の目そのものであった。
そして、オマケにそれまで見えなかった猫耳が頭の上でぴくぴくと動いているではないか。
「これはこれは……人魚とは、お珍しいお客様で」
今にもじゅるりと舌なめずりする音が聞こえてきそうだと可紗は思った。
同じことを思ったのだろう、後ろからウルリカの情けない声が小さく聞こえて、可紗は聞こえないふりをする。
「マオ」
短く、咎める声に今度はマオがぎくりと身を跳ねさせた。
ぎこちない動きで汀を見上げ、取り繕った笑みを浮かべる。
「や、やですよう坊ちゃん! 見たことのない異形のお嬢さんをお連れだったんであたしもびっくりしちゃったんですぅ! あっ、あたし奥様に坊ちゃんがおかえりなことをお伝えしてきますね! それからお部屋にお茶をお持ちします、お茶菓子も勿論持っていきます! すみませぇえん!!」
「ついでに
「かしこまりましたぁぁぁあ!!」
大きな声で一息にそう言ったかと思うとマオは跳ねるようにして家の中に入っていく。
ドタドタという音と共に他の人間に「廊下を走るんじゃない!」と叱られる声も聞こえたが、彼女の「すみませぇん!!」という声が遠ざかって行くのを呆然と三人は見送るだけだった。
「……本当に騒がしくてごめん。上がって……」
頭が痛いと言わんばかりの汀に可紗とウルリカは顔を見合わせてから、大丈夫なのかなあという気持ちを抱かずにいられない。
「とりあえず、こっち。多分マオのことだから、ジュース持ってくると思うけど……好みじゃなかったら言って」
「あ、うん。お構いなく……」
「ワタシも大丈夫……ってかなんなの? アンタんち、お仲間ばっかりなワケ?」
「……まあ、そういうことになるかな」
廊下を歩きながら、汀はウルリカの言葉にあっさりと頷いてみせた。
そのことに目を大きく見開いて驚くウルリカをよそに、可紗のほうは妙に納得していた。
(古いおうちだもんね、そういう繋がりってのがあるんだろうなあ)
ジルニトラも古い友人が日本各地にいて、その素性を隠しながらも地元の人間たちと仲良く暮らしているなんて話を聞かせてくれていた。
古くから人と交じり、地域に根ざしながら人と溶け合うようにして暮らす者たちは大体友好的だとも可紗は聞いている。
当然ながら、あちらから素性を明かすようになるには相当親しくならなければ……という話だったので、汀だって今回のことがなければ決して可紗たちに明かさなかったのだろう。
(いや、明石さんはお仲間ってことですぐにお互いわかったのかもしれないけど)
ヴィクターからは中には〝人ならざる者〟が持つ能力を悪事に利用する者もいるから気をつけるように可紗も言われているが、汀を見る限り大丈夫ではないかと思える。
別にそれは、恋心からじゃないと可紗は誰にともなく心の中で言い訳をした。
「ここがぼくの部屋」
「わ、広い」
「これが和室ってヤツね!」
案内された汀の部屋は、広めの純和室だった。
床の間には鈴蘭が生けられ、水墨画の掛け軸がある。
可紗たちに価値はわからなかったがなんだか高そうだなとお値段を最初に考えたことは、汀には内緒だ。
「座布団どうぞ。適当に座って」
「ありがとう」
まるで旅館の一室かのような造りのそこが、片思いしている相手の部屋だと思うと可紗の心はドキドキする。
勿論、今がそんなことを考えている状況ではないと彼女も十分承知しているが、そこは乙女心というヤツなのだ。
「失礼いたします」
なんとなく落ち着かない可紗を怪訝そうな顔で見ているウルリカだったが、彼女がなにかを言う前に障子の向こうから声がかかり、少女たちは慌てて姿勢を正したのだった。
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