第22話
「あなた『も』?」
「…………」
言い方を間違えたかと可紗は思ったが、彼の疑問には答えずただ真っ直ぐに汀を見つめる。
しばらく無言で互いに見つめ合った彼らだったが、先に折れたのは汀だった。
「……そうだよ、正確には人ならざる者の血を受け継いでいるだけ」
「私の手首に、なにが見えるの」
「赤い、花の模様かな。
汀の言葉に、可紗はしげしげと己の手首を見返した。
彼女の目には、平素と変わらぬ普段の肌にしか見えない。
だが、確かに赤い痣が刻まれたことを一度は目にしているので、汀が見たものが正しいと可紗は肯定した。
「そこまで、見えるんだ……」
「呪われているって、自覚があるんだね」
「うん、まあ。実は、ちょっとあって。でも、正直、今の方が飲み込めない」
呆れた様子の汀に、可紗も苦笑する。
そんな彼女の様子に、汀は少し声を落として首を傾げた。
「……ぼくが、人間じゃないこと?」
「え? あ、うーん。それもそうだけど……それよりも、人間じゃない人が案外そこら辺にいるって事実に驚いているっていうか、呆れているっていうか……気づかないモンなんだなあって」
「なにそれ。柏木さん、実はちょっとズレてる人なの?」
「ええ? そんなことないよ! ほんの少し前までは、……そういうのって夢物語っていうか、おとぎ話の中だけだって思ってたもん」
「……おとぎ話か」
汀が書架の方へ視線を向ける。つられて、可紗もそちらを見た。
たくさんの人の想像が詰まった〝物語〟の数々。だけれど、今の二人にはそれがただの想像だけでできているとは言えなかった。
「そうだよ。化け狸とか人魚とか、吸血鬼とか……魔法使いとか」
「変な取り合わせ」
「……言われてみればそうだね。ねえ、どうして私の呪いについて知りたくなったの。周りを巻き込むと思ったから?」
可紗も汀の言葉に笑った。
確かに、狸と人魚、それに吸血鬼なんて変な取り合わせである。
だが、彼女が出会った〝人ならざる者たち〟がそれなのだから仕方がない。
先ほどまでバクバクしていた心臓はすっかり落ち着きを取り戻しており、可紗は笑顔で汀に質問した。
彼の心配が周囲へのことであるならば、問題ないと告げれば、互いにこの件は口外無用、それで落ち着くと判断したのだ。
だが、汀は首を左右に振った。
そしてとても真面目な表情で、はっきりとした口調で告げる。
「きみが、心配だったから」
「ふぇっ……え、あ、ありがとう?」
「……柏木さんとは、一年生の頃から一緒に図書委員をしているし、仲良くなりたいと思っていたんだ。余計なお世話だとは思ったけど、困っているなら力になりたいなって」
「え、えええ……」
まるで夢を見ているかのような言葉のオンパレードに、可紗は顔を赤くしていく。
告白をされたわけではないが、意中の男子から『仲良くなりたいと思っていた』という言葉が出てきたことは年頃の彼女にはパワーワードだったのだ。
だがそんな可紗の様子に気がついていないのか、汀は肩を落としていた。
「ごめん、あんな目を見せて気持ち悪かっただろう?」
「えっ、なんで? 綺麗な金色だったよ?」
「え? ええと……あれかな、柏木さんは蛇とか割と平気なタイプ……?」
「うん、全然大丈夫! むしろ可愛いって思えるくらいには」
そう、可紗は爬虫類を怖がらない少女であった。
基本的にどの動物に対しても可愛らしいと思う彼女は、苦手なものが特にない。
大抵の人が苦手とするような虫などの類も忌避感がなく、よく母親に害虫が出るたび頼りにされていたものだった。
「……そ、そうなんだ」
意外だったのだろう。
可紗のその堂々たる態度に汀は目を瞬かせ、しばらく沈黙を続けていたかと思うとプッと吹き出した。
それにつられるようにして可紗も笑い出し、ひとしきり二人で笑うと汀は頭を下げた。
「本当にごめん、もっとやりようはいくらでもあったと思うのに、怖い思いをさせたよね。突然腕を掴んだりとか……正直、きみが呪われてるって、焦っちゃって……」
「えっ、いいよいいよ! 三ツ地くんは心配してくれたんでしょ? まあ、びっくりしたけどさ」
慌てて可紗が手を振ると、彼はそれでも納得していない様子であった。
可紗にはよくわからないが、汀の目には呪いが見えているからこそ気になるのだろう。
だからこそ、このような行動に出たのだと思えば、可紗としては咎める気にはならなかった。
「その呪い、どうにかできないかな……ぼくも協力できることがあれば手伝うよ」
「あ、ええと……この呪いについてはちょっと話しにくいから、気持ちだけもらっておくね! なんとかなると思うから……」
さすがに可紗も魔法使いが身近にいるのでとは言えず、言葉を濁す。
そんな彼女を見つめていた汀は、ふうっとため息を吐き出して柔らかく笑みを浮かべた。
「……余計なお世話だったみたいだね、ごめん」
「ううん! そんなことないよ! ええと、あの。三ツ地くん、このことは」
「汀」
「え?」
お互い秘密に、そう言いかけたところで遮られ、可紗はきょとんとした。
そんな彼女にお構いなしで、汀は少し照れたような笑みを浮かべている。
「汀って呼んでくれていいよ。実は、あんまり苗字で呼ばれるのが好きじゃないんだ」
「そ、そうだったんだ。じゃあ私のことも、可紗でいいよ!」
「わかった、可紗さん」
「うん、汀くん! ……なんか照れるね」
友人関係になれた、可紗はそれだけで幸せな気分になる。
さすがに調子に乗って恋人関係にになりたいとは思わないあたりが彼女らしくもあったが、それでもこれは嬉しい進展であった。
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