第13話

 それこそ、いつもの・・・・朝と変わらぬ様子で朝食を済ませると、ヴィクターが可紗の前から食器を片付けてくれた。

 手伝おうとしたのを手で制され、可紗は少しだけ困惑しつつも座り直す。

 

「それじゃあ、話そうかしらね……なにから聞きたい?」

 

「……昨日の、光とか、その……化け物、とか」

 

「そうかい、そうよねえ、混乱するわよね。まあ平たく言ってしまいましょうか、要するにね、可紗。アタシとヴィクターは、人じゃあ、ないの」

 

 ジルニトラはあっけらかんと、静かな声で可紗に告げた。

 人ではないと、はっきりと。

 対する可紗は、それを耳にして目を瞬かせる。


 どうして、とかそんな言葉は出てこなかったし、馬鹿な話と笑い飛ばすこともできなかった。

 

「人じゃ、ない……ですか?」

 

「そう。まあアタシに関しちゃ魔法使いってことでいいさ、説明するのも面倒なところがあってねえ……ただ、普通よりは長生きをしているし、その分、資産にも余裕があったってだけのこと」

 

「じゃあ、あの。国籍とか……ロシア出身って、書類に……」

 

「……まあ、間違いじゃあないからねえ。アタシはどこの国出身とかっていうんじゃなくて、あの辺りでのんびりしていただけなんだけどねえ」

 

 ジルニトラに言わせれば、元々は己の名前や種族などに固執することなく、ただ風の向くまま気の向くままに放浪の旅をしていたのだそうだ。

 そして人という種が増え、後からやってきて国を作った……というわけである。

 

 そんな暮らしの中で、以前たまたま気が向いて助けた人間がいたのだという。

 その人間が彼女のことを『魔法使いのジルニトラ』と呼んだので、なんとなくそう名乗っているのだという話だった。

 

 放浪の旅の途中で様々な人間やそれ以外の者たちに出会った関係で知己も増えた。

 そのおかげで戸籍を作ったり人に交じって生活をするのに苦労はないのだそうだ。

 

「なにを隠そう、弁護士の田貫っていただろう。あの男も、あいつの父親も、日本の〝化け狸〟の一門ってやつなのさ。知ってるかい? 人を化かして誑かす妖怪だよ」

 

「へ、え、ええ!?」

 

「昔、日本に旅行に来た際に追い詰められてたあいつらのご先祖を助けたことがあってねえ……」

 

 懐かしげに笑うジルニトラだが、より一層彼女の年齢がわからなくなって可紗は目を白黒させるばかりだ。

 

 可紗にジルニトラの言葉を疑うという考えはなかった。

 なぜならジルニトラは魔法使いだから。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 だからといって、弁護士として今まで色々動いてくれていたぽっちゃりした男の姿を思い浮かべて、本当は化け狸だなんて言われても可紗にはピンとこなかった。

 

「じゃ、じゃあヴィクターさんは……」

 

「かつておれがジルニトラに救われたという話はしたな?」

 

「え? ああ、恩返しで執事になったんですよね」

 

 何気ない会話でそんなことを話したなと可紗は思い出しながら、頷いてみせる。

 可紗のその反応に、ヴィクターは満足げに頷き返しておもむろに口の端に指を突っ込み、己の歯茎を晒して見せる。

 その行動に驚かされた可紗だったが、そこにある鋭い歯にあっと小さく声をあげた。


 ヴィクターは彼女が驚いたのを見届けてから、指を離して何事もなかったかのように話を続ける。可紗は呆然としていた。

 

「おれは、いわゆる吸血鬼ヴァンパイアというやつだ。長生きをしていると時折、目的を失うことがあってな……そんな頃にジルニトラに救われたというわけさ」

 

「吸血鬼……!? えっ、でも一緒に食事とかしてましたよね?」

 

「確かに血は生命の源、全ての根源だ。だからといって血しか摂取しないなど、世間で扱われるような蛮族の類いとおれを一緒にしないでもらいたい!」

 

「えっ、なんかすみません」

 

 可紗の言葉にショックを受けたようなヴィクターに思わず彼女は謝罪する。

 どうやら彼には色々思うところがあるらしい。


 まさかと思うが、生きる目的を見失った理由が創作物の吸血鬼たちを見てショックだったから……とかではなかろうかと可紗は考えたが、さすがに今聞くのは空気が読めない行動だなと自粛した。

 

 事実を教えてくれ、確かに可紗はそう頼んだが想定外どころの話ではなくて目を白黒させるばかりだ。

 当然と言えば当然だが、一緒に暮らしていて二人が〝人間以外のなにか〟だなんてことは一ミリたりとも可紗は考えたことなどなかったのだからしょうがない。


 少しばかり人間離れした美しさを持つ二人だなあと思うくらいはあったが、それにしたって本当に人間ではないだなんて誰が想像できただろうか。

 

「アタシたちが怖くなったかい?」

 

「え? ええと……」

 

 問われて可紗は少し考えたが、すぐにそれはないと否定してみせた。


 確かに驚きはしたが、驚いただけだ。嫌悪感はない。


 むしろ二人に関してよくわからない点が多かった部分に納得がいったし、そもそもよくわからなくて当然だったのだと安心すらしたというところだろうか。


 そう可紗がたどたどしく告げればヴィクターは呆れたように天を仰ぎ、ジルニトラは楽しげに笑った。

 

「本当に、そういうところがお前さんは母親似なんだねえ」

 

「えっ、そうですか……?」

 

 可紗の母親は、実は離婚前に大怪我を負っており、それこそ消えない痣が見えないところにもあったのだという。

 全てが終わった後に口外無用という約束でジルニトラが跡形もなく治したのだそうだ。


 そして、娘だけでなく己も救ってくれた上に傷痕を消してくれたジルニトラのことを、可紗の母親は〝魔法使い〟だと感激していたと言う話だった。

 

「まあアタシはさっきも言ったように人間じゃないけど、魔法は使うし、魔法使いっていうのも大差ないかと思って、好きに言わせておいたんだけど……」

 

「そ、そうなんですね」

 

 魔法使いの定義について問われてもなにが正解か可紗にはわからないので、そこは曖昧に濁したものの、可紗は諸々のことにすっきりと納得できていた。

 

「……どうして、私の母にそんなに良くしてくれたんですか?」

 

「さてねえ。……ただの気まぐれさ」

 

 可紗が一番気になったところについては、はぐらかされてしまった。

 だが、ジルニトラは優しく笑みを浮かべている。


 それが答えであるような気もした。

 

「これからもアタシたちと暮らしてくれるかい?」

 

「はい! これからも、よろしくお願いしますジルさん!!」

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