第二夜 人魚の恋のから騒ぎ

第14話

 保護者である魔法使いのジルニトラ、そして執事で吸血鬼のヴィクターと暮らして三ヶ月が過ぎ、五月も終わりを迎えようとしていたが可紗は日々を楽しく過ごしていた。


 実父だった男は可紗のアルバイト先から侵入や暴行などで訴えられたそうだ。

 可紗は詳しく知らないが、もう会うこともないだろうと狸……もとい、田貫からそう連絡が来たので安心である。

 

 そんな中、三年生になった可紗は定期テストの点数がいつもよりも取れてご機嫌だった。

 

(ジルさん、褒めてくれるかな!)

 

 環境の変化で大変だろうによく頑張ったと担任の田中先生が男泣きしたときには若干引いてしまったが、友人たちもみんな一緒に喜んでくれて可紗もとても嬉しかった。

 それに、アルバイト先のオーナーもテストの点が良かったことを話すと友人たちと同じように喜んでくれて、休憩時にはパフェを作ってくれたのだ。バイト仲間の近所に住まうおばさまがパフェにフルーツをオマケしてくれたし、常連さんもコーヒーをごちそうしてくれて可紗はとても満足していた。

 

 これだけ充実した生活が送れるのも、ジルニトラがいてくれるおかげだと可紗は理解している。

 先日、世間でいうところの母の日があったのだが、その際にでも感謝を伝えようかと思って結局恥ずかしさからなにもできなかったことを可紗は悔いていた。

 

(テストのことを話題に、自然に、そう自然に……!!)

 

 駅前の雑貨屋さんで見掛けた、ガラス製のマグカップ。プレゼント用に包装までしてもらったものの、高級品に慣れ親しんでいるであろうジルニトラに渡すことに、直前で怖じ気づいてしまったのだ。

 

(ジルさんは優しいからきっと受け取ってくれるだろうけど……実は迷惑だって可能性もあると思うと怖いんだよなあ、わかってるんだけど……そんなことないってわかってるんだけど!)

 

 ため息を吐きながら、自宅がある住宅街のバス停で下りて可紗は空を見上げた。


 実父の問題が解決したことによって、可紗はヴィクターに送迎してもらうことを止め、こうしてバスで通学し、アルバイト先から戻ってきていた。

 

 幸いにもバイト先の喫茶店は駅前だけにバスの乗り降りには困らなかったし、それなりに栄えている駅からだったので本数もそれなりの数がある。


 学生であることを考慮に入れてもらって帰る時間も調整しているので、特別遅くなるということもない。

 とは言っても、夜の八時を過ぎればすっかり夜の帳が下りて、住宅街は静かなものだった。


(悩んでてもしょうがないや、帰ろ……)

 

 あまりのんびりとしていては心配性のヴィクターとまた車を出す出さないで言い合いになってしまうことが想像できて、可紗は苦笑する。

 一緒に暮らし始め、素性(?)が知れたことでお互いに遠慮していた部分が解けてきたのか、ジルニトラもヴィクターも色々な表情を可紗に見せてくれるようになった。

 

 勿論、可紗も他人行儀なところはまだ抜けきらないものの、砕けた物言いだったり小さなワガママやお願いを言ったりと、お互いに歩み寄れている。

 良い変化であった。

 

「……ついでだから、神頼みしていこうかな」

 

 ふと、住宅街の中にある神社の前で可紗は立ち止まった。


 そこにあるのは、無人の神社だ。近隣住民の手によって常に綺麗に掃除がされているし、奥まったところにある木々には動物たちも集まる、この辺りでは憩いの場であるらしい。

 それは可紗も何度か見かけて知っている。

 

 なんでも、境内にある立て札に書いてある由来によればその昔、水害が多い土地に住まう龍神が一人の少女を見初めて妻とし、この地を穏やかにしてくれたのでその龍神を祀っている……とのことだった。

 だから正式には神社とは何か違うのかもしれないが、信仰している人たちがいるので神社で間違いはないのだろう。


 とはいえ、龍神様に人外への願い事は有効だろうかと可紗は神社を見上げて首を傾げた。

 

(……魔法使いとか吸血鬼だけど、いい人たちだし……なにより、お願いするのは私に勇気をくださいってだけだから、問題ないよね?)

 

 想像上の生き物だと思っていた人間ではない存在がいたのだから、神様とやらもいるのかもしれない……なんとなく可紗はそう思ったので、ジルニトラたちのことをお願いするのは少し気が引ける。

 しかし、単純に『プレゼントを渡せますように』というだけの他愛ないお願いだからきっと神様がいても許してくれるに違いない、そう結論づけて可紗は神社に足を踏み入れた。

 

 社殿の手前に置かれた賽銭箱に、財布から取り出した五円玉を入れて、二礼二拍手一礼の作法に倣って、しっかりと参拝する。

 なんとなしに上手く行く気がしてきて「よし!」と小さく気合いを入れた可紗は寄り道をした分、急いで帰ろうと踵を返したところでふと足を止めた。

 

「……音?」

 

 こんな時間に、人気のない神社で木槌を鳴らすような音が聞こえるなど、何事だろうか。


 よせばいいのに、可紗は物音のする方へと足を向けたのだった。

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