第7話

 その後、下で待っていると言われていたことを思いだした可紗は、クローゼットを開けてみた。

 段ボールから私服を探すことも考えたが、ジルニトラが言っていた〝贈り物〟が気になったからだ。

 

 クローゼットを開けてみると、そこには品のいいワンピースとブラウスが何着かハンガーで吊されており、それ以外にも若い女性向けで人気のブランドロゴ名が記載されたショップバッグが何点かあった。

 恐る恐る彼女がその中身を確認すると、普段使いができそうな、それでいておしゃれな服が何点も入っている。


 可紗は思わずそれらをぎゅっと抱きしめた。

 

 もらっていいのだろうかと思う気持ちと、嬉しさがせめぎあう。

 今まで、生活が優先で、金銭的に余裕があったわけではない。


 不自由こそ感じなかったものの、おしゃれ関係は諦めていた部分があったのだ。

 彼女は制服を脱いで空いているハンガーに掛けると、びくびくしながらもらったばかりの服に袖を通してみる。


 くるりと姿見の前で回ってみて、変なところがないかも確認した。

 そして、階下で待っているであろうジルニトラの元へドキドキしながら足を向けた。

 

「あの! お待たせしました……!」

 

「いいえ、大して待っちゃいないわ。……着てくれたのね、よく似合っているわ」

 

「ありがとうございます、こんな素敵な服、あの、もらってしまって本当にいいんでしょうか……」

 

 思わず喜び勇んで服を着てしまったが、正直まだ親しくもない相手からここまで親身にされて混乱は拭えない。


 確かにジルニトラが正しく、母親の恩人であり自分の後見人であると理解できてはいるが、可紗としてはどう振る舞っていいのかわからなかったのだ。

 そんな彼女の気持ちを理解しているのか、ジルニトラは優雅に微笑んだだけだった。

 

「勿論。お前さんが着てくれなくちゃその洋服も無駄になっちまうからねえ。是非着てちょうだい。……アタシは可紗の保護者なんだから、このくらいさせておくれ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「さ、今日は色々合って疲れたでしょうけど、もう少しだけ付き合ってもらおうかしらね。今ヴィクターが茶を淹れてくるからお座りなさい」

 

「あ、はい……」

 

 ジルニトラが言った通り、まるで見計らったようにヴィクターがワゴンにティーセット一式を載せてやってきた。

 まるで店のような給仕の仕方に目を白黒させる可紗をよそに、彼はテキパキと準備をしていく。

 

「これはパスチラという菓子で、ジルニトラの好物なんだ。マドモアゼルのために彼女が手ずから焼いた逸品だ、是非ご賞味あれ」

 

「ジルニトラさんが、これを?」

 

「ええ。気に入ってもらえると嬉しいわねえ」

 

 見た目はロールケーキに似た形をしているが、なんとなく違う気もする。

 

 聞き慣れないその菓子とジルニトラの顔を見比べて、可紗は恐る恐るフォークを突き刺した。

 そして意を決して口の中に放り込むと、途端に笑顔になった。

 その様子に見守っていた二人も嬉しそうに微笑んでいたが、可紗はそれに気づくこともなくもう一口頬張る。

 

「気に入ったのなら、おかわりもあるからお食べなさい」

 

「ありがとうございます、初めて食べるお菓子だけど、すごく美味しいです!」

 

「そう、良かった」

 

「これ、なんですか……? りんご……?」

 

 ふわりとしつつも甘みと香りから判断して、けれど食べたことのないお菓子であったので、可紗は控えめに感想を口にした。

 出された紅茶も美味しくて、つい食欲に負けて皿を空にすると即座にヴィクターによって新しい物と取り替えられる。

 なんだかわんこそばのようだと場違いなことを思ったが、彼女はそれをぐっと飲み込んだ。

 

 紅茶もとても美味しい。

 なんだかお高い味がすると可紗は思った。

 

「そうよ、パスチラといってロシアの方では一般的なお菓子ねえ。色々な作り方があるけれど、アタシはそういうふうにするのが好きなの。気に入ってくれたなら嬉しいわ」

 

 本当に嬉しそうに微笑んだジルニトラのその表情が、母親のように優しくて、可紗はまた泣きそうになった。

 悲しいわけではない。

 母の死は今でも悲しいが、それとは別に、この目の前にいる人物が向けてくる優しさに、独りぼっちではないのだと感じるのだ。

 

(受け入れきれてないのに)


 そんな後ろめたさがあって、素直に甘えることもできない。

 もっと幼ければ、そうではなかったのかもしれないと思うと可紗はそれを誤魔化すように俯いた。

 

「さて、お茶をしながらで悪いのだけれど、今後のことを少し話させてもらうわね」

 

「は、はい!」

 

「そうかしこまらないで。大丈夫、難しい話じゃないさ」

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