第12話 『俺から溢れ出すフェロモン。 それに人が群がってくるのだ(上)』
「フォオオオオオオオオ! アンリちゃん、すごいでしゅうううううう! オーガを一杯倒せて偉い!」
そう叫びながら報告書を胸に抱えて、床を転げ廻っているのは若き皇帝ユリアノスであった。
「いえ、彼女は勇者です。 その程度は当然かと」
主の余りの変わりっぷりに肩眉を吊り上げてセバスチャンは努めて冷静に答えるのだ。
対して上機嫌で転げ廻っていた皇帝はと言うと、そこ言葉を聞くや否や素早く真顔に戻り執事長の前に立つと報告書を彼の胸元に投げつけた。
「はぁ? はぁ? はぁあああ? それじゃあよ、お前は十一歳の時にオーガの群れを倒せたのかよ?」
ユリアノスはセバスチャンの言葉にガチギレをしながら、まるで輩の様な口調で彼を問い詰める。
「私には、群れどころか一体ですら無理だったでしょうな」
「だろ、だろ、だろぉ? だから、すげーんだよ。 アンリちゃんはちっちゃくて可愛くてすげーんだよ。 はい、論破!」
主が口早にそう宣言をすると彼はそういう見方もあるものか、と取り乱しつつも意外と真っ当な価値観を持つ主に感心しつつ深々と頭を下げるのだ。
「あー、気分が悪い」
皇帝はそう吐き捨てると、机の引き出しからアンリの肖像画を取り出すと、口元を緩め、少しばかり尋常ではない視線を向けながら続けた。
「しかし、ギルド長共もマジで使ええねえな。 アイツら、国家反逆罪でも適当にでっち上げて罷免すっか? 何がゴールドだよ。 普通、プラチナだろ? 『二番目じゃダメなんですか?』……、って当たり前だ! 一番にこそ価値があるんだよ! そもそもアンリちゃんはそれ以上の力があるんだから、どうせ上げるんだったらプラチナだろ? 可愛いんだから一番に決まってんだよ! そうだよな、爺や?」
そう問われた彼は答えなかった。絶句してしまったからだ。
唯の依怙贔屓じゃねえか、感心を返せ。 そう思うセバスチャンであった。
「そこな、エルフ殿と童女殿はオーガを倒した二人組でござろうか?」
そろそろ補給をするかと立ち寄った町にて。
俺たちが買い物を済ませ『昼は何を食べようか?』と二人で他愛のない話をしながら道を歩いていると、背後から女性の声でそう呼び止められる。
俺が自意識過剰って訳ではない。旅のエルフなんてもんは、そもそも珍しい存在であったし、更に童女の組み合わせとなると俺たち以外に考えられなかったからだ。
やはり、シルもそう考えたのか「はい?」と言って振り返ると何か金属を擦る様な音と共にそいつは名乗りを上げた。
「拙者はカスミと申す、武者修行中の剣士でござる。 エルフ殿は大層な猛者と聞き及び申した。 一手御指南のほどを!」
そいつはそう言って――いや、そう言いながら一切の躊躇もなくシルに切りかかったのだ。
――ちっ!
俺は舌打ちをすると、振り向きざまにシルの背後に回り込みながら抜刀と同時にそいつの刀を打ち上げた。
ヤキが廻ったな。殺気が放たれていない事もあってか、一瞬だけ反応が遅れてしまった。以前であればそんな事はあり得ない事だったので俺はもう一度、心の中で小さく舌打ちをした。
刀を打ち上げられると、カスミと名乗った女は流れに身を任せバックステップをすると正眼に構えを取りニヤリとした。
「童女殿もお見事でござる。 成程、まずは自分を倒してからと言う訳でござるな。 心得申した。 一手、お相手願いまする」
そう言うと刀を鞘に戻して俺に一礼をする。そして、腰を低くすると左手は鞘に、そして右手は刀の柄を握った。
どうやら戦いは避けられないようであった。
俺はと言うと静かにキレていた。俺の女に手を出しやがって、シルが怪我をしたらどうするつもりだ!
殺気がない所を見ると、彼女が反応できなければ寸止めでもするつもりだったのかもしれない。しかし、問答無用の不意打ちだ。僅かでも危険がある以上は許すわけにはいかなかった。
――ぶっころ……、いや、辱める!
彼女を見てそう判断した。最初は半殺しにでもしてやろうかと思ったが、彼女が黒髪ポニテの美少女だったので恩赦を与えてやるのだ。
「『桜花四連』!」
鞘走りによって火花が散った。中々の速度だった。俺は切り上げから始まる四連撃を全て弾く。
「中々だが。 本物の連撃と言うものを見せてやる」
都合、十八回に及ぶ神速の斬撃を終えると、俺は小剣を鞘に戻した。
「また、つまらぬ物を斬ってしまいました」
俺がそう宣言するとカスミの服は下着とブーツを残して地面にひらひらと舞い落ちるのだった。
半裸に剥かれた少女は少しの間、唖然とした表情をすると、恥ずかしがる素振りも見せずに実に美しい土下座をした。
「童女師匠! 拙者を弟子にしてくだされ!」
そして、地面に頭を擦りつけながら彼女はこう叫ぶのだった。俺が「無理」と即答すると彼女は上体だけ起こし虚空を見つめて虚無顔となったが、俺の服の裾を両手でつかむと大泣きを始める。
「ししょぉぉぉぉ……」
「わたし弟子を取るとか、そういう大層な人物じゃないですから……」
「ししょおぉぉぉぉ」
結局は俺は折れる事となる。彼女を哀れに思ったからではない。周囲から向けられる、何やら奇異な物を見る視線に耐えられなかったからだ。
「カスミお姉ちゃんでしたっけ? まずはシルお姉ちゃんに謝ってください。 弟子にするとかしないとかはその後です」
場所を変え、取りあえず彼女を着替えさせた俺はプリプリと怒りながら、そうカスミに告げた。
「エルフ殿……、いや、シル殿。 この度は誠に失礼下でござる。 腹を切れ、と言うのであれば素直に従いましょうぞ」
「いや、私は別に怒っていないので、それはどうでもよいのですが……。 んー、でも、どうして私に切りかかったのですか?」
シルは少し引き気味の表情でそう尋ねる。全くの疑問であった。
「それは以前、立ち寄った町で……」
カスミは説明を始めた。その説明を聞いた後、俺は『まあ、普通はそう思うわな』なんて、その部分にだけは同意を示した。
オーガの大群をたった二人の冒険者が全滅させた。一人はエルフ。一人は幼女。そうなると、まあ……、エルフの活躍によってって思っちまうわな……。
「そこまでは分かりましたが、それは私に切りかかった理由にはならないのでは?」
「いや、何と申しますか……、拙者にとってはそれこそが理由なんでござるよ。 拙者、最強の剣士を目指しておりまして、何と言ったらよいか……、猛者と見ると、どうしても腕試しをしたい気持ちが抑えられなくなりまして、つい……」
俺たちは後で知る事となるが、そこで付いたのが『狂犬』らしい。何と言うか、危ない奴だ。
「つまり、私はアンリちゃんのスケープゴートになっちゃった訳ですね」
そう俺の方をジト目で見つめるシルに俺は明後日の方向に口笛を吹いた。まあ、当初は保護者役をやって貰う為に一緒になってもらった訳だから、俺の狙いはきちんと当たったという事だ。
「所で、アンリ師匠……、弟子入りの件は……」
上目遣いでオドオドと尋ねてくるカスミに俺は腕を組んで考える。
話を聞く限り、こいつは自制の効かない物狂いだ。恐らく何人もの犠牲者がいた事だろう。野放しにするのは危険ではないか?
俺はこう考えて結論を出した。
「いいですか? これからわたしの言う条件を守る事ができると誓うのであれば弟子にしましょう。 別に『腕試しをするな』とは言いません。 ですが、する場合は必ず相手の同意を得てからやる事。 どうですか、守れますか?」
「アンリ師匠、心得てござる!」
「約束を破ったら手首を切り落として破門します。 それでもいいですか?」
「分かり申した!」
まあ、もちろん、ただの脅しだけどな!
「なに!? アンリちゃんから俺宛に手紙だと?」
若き皇帝は執事長から手紙を手早く強奪すると、それを鼻孔に近づけて思いっきり嗅いだ。麗しい匂いがした。いや、実際、時間が経っているのでそんなはずはないが、そんな気がしたのだ。
「何かな? 何かな? もしかして、ラブレターかな? アンリちゃん、それはいけないよ。 だって僕達は兄妹じゃないか。 アンリちゃんがどうしてもと言うのであればお兄ちゃん考えちゃうけどね」
セバスチャンは肩眉を吊り上げるだけで何も言わなかった。ただ、これをもし他の者に見られでもしたら、哀れなその犠牲者を殺さなくてはならない。こんな事を考えていたのだ。
緩み切った顔で封を解き中身を読みだしたユリアノスの表情が段々と変わっていった。そして、セバスチャンに手紙を見る様に催促する。
「爺やよ、由々しき事態だ直ちに調査隊を派遣しろ。 今、呼び戻せる勇者はいるか?」
「要件確かに賜りました。 しかし、現在、全ての勇者が奥深くで討伐の任務にあたっております」
「ふむ……、それでは、内容を伏せて、さりげなくプラチナを周囲に誘導するように各ギルドに通達するのだ」
「お戯れを」
「何が可笑しいか!」
セバスチャンが軽く鼻で笑うのを見ると皇帝は激高した。
「陛下、勇者はもうそこにいるではないですか」
そう言うと彼はニヤリとした。
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