最終話 真面目君×魅惑ちゃん
「優くーん♡」
「先輩!やめてくださいって!」
「だーめ。はい!あーん」
「いやいや。そういうのはもっと…違う人にやるべきです」
「例えば?」
「えーっと…彼氏さんとか?」
「いないもん」
「じゃあお友達とか」
「そんなのつまんなーい」
「じゃあ兄弟とか」
「いなーい。私一人っ子だから」
「え?そうなんすか?じゃあ…誰か」
「優君だからやりがいがあるの」
「いやいいですってぇぇ!」
「はい!あーん」
頑なに私のあーんを拒否する彼。
私の一個下の後輩。野上優。
彼には色々と大学でお世話になっており、今日はお礼にと思ってご奉仕してあげているのだ。
「せ、先輩!」
「うん?なぁにぃ?」
「さっきから色々とツッコミ所がたくさんありすぎるんですよ!」
「何何?言ってみて!」
「いやまずこのあーんとか、もう子供じゃないんですし」
「えー。優君はまだまだ子供。私から見たら可愛い子供だよ」
「何言ってんすか!俺もう19なんですよ」
「まだそんなの子供みたいなもんじゃーん!」
「それからなんでウチにいるんすか!」
「うん?何でって、優君に会いたくて」
「大学で会えるじゃないですか」
「今会いたかったの!」
「なんでー!」
「だってー。こう言う事だって出来るし!」
私は優君の隣に座った。そして彼のがっしりとした肩に顔を乗せる。
なんだかとても乗せ心地が良い。
「……あ、あのっ。ちょっと、やめて欲しいです」
「優君の肩いいねぇ!これ私専用の枕にしたいなぁ」
「もうーー!」
彼に視線を送ってみる。
「……」
(ウフフッ。なんか緊張してるみたい。可愛いなぁ。ペットにしたいくらい)
私はその後彼の腕を優しく抱きしめた。
そしてもう一度視線を送ってみた。
「…………」
「アハハハハ。可愛い!」
「………」
私が作った愛情たっぷりのオムライスを彼は黙って食べている。
口をもぐもぐとしながら、何か不満げな表情になりながらも食べてくれていた。
こちらには目線を向けずに黙ってモグモグしている姿は可愛らしかった。
「……どう?」
「………おいひぃです…」
「んふっ。……優君。本当にありがとう。あの時の文化祭」
そう。昨日の文化祭に私は彼に助けられたのだ。
文化祭中
『どうぞ!文化祭会場はこちらになります!』
『あっ!すいません。すいません。混んでますねぇ。会場』
『そうだねぇ。優君、ちょっと休憩したら?さっきから体力仕事ばかり任されてない?』
『そうですね。大学の音楽サークルの機材を運ぶのに人数足りてないみたいなんで』
『へぇ。それで優君頼まれてるの?』
『えぇ。力仕事は慣れてますからね。でもあまりにも運ぶものが多いのか?人が少ないからかわかりませんが、とにかく大変ですよ』
『まぁ頑張って!』
『はい。ありがとうございます。それじゃあ俺休憩入ります』
『いってらっしゃい』
その後、飲み物の配布や荷物運びやら頼まれて、私もクタクタになった。
『ふぅー…なんか一気に疲れが出てきたなぁ。文化祭スタッフって結構大変なんだぁ。知らなかった。まぁでも少しお金もらえるんなら…』
私が一人キャンパス内のベンチでゆっくりしていた時だった。
『おっ!この子が噂の超可愛い大学生?』
『うっわー。こんな所で出会えるなんてラッキー!』
『ねぇ。お嬢ちゃん。今一人?』
『…はい?』
私に急に声を掛けてきた三人組の男達。見るからにその姿はチャラくて、厳つい輩のような三人組だった。
『お嬢ちゃん。名前なんて言うの?』
『え?あのー…どちら様ですか?』
これってナンパだろうか?
だが私はこの三人がみんな私のある一点を集中しながら観ていることに気づいた。
『いやー。いいねぇ…』
『噂通りじゃね?やっぱこの子だよ!』
『あぁ。この大きな胸。間違いねぇ』
『あ、あの…やめて下さい』
そう…この三人は、私の昔からコンプレックスである大きな胸をジロジロと上から眺めているのだ。
この胸は中学生になってから急激に発育していった。
そして高校生になってからも胸の成長は止まらなかった。
そして今に至る。
(まただ…また私の事を…)
私はこの胸のせいで、中学の思春期は男子から性的な目で見られては、私の事をオカズにしたと言う話を聞いてきた。
その話を聞いて、クラスの男子達と仲良くなりたくないと思うようになり、高校でも同じ目で見られた為、学校生活が嫌になったことがある。
今でもその事を引きずっていて、大学でもそういう目で見る人に囲まれていた。
そして今絡んで来たナンパ目的であろうこの三人も同類である。
(お願いだから…やめて…)
私は自分の胸を思わず腕で隠す。
そして観られたくない為に上半身を屈む。
『うぉー!やっぱすげぇなぁ。この子』
私が屈んだ事によって大きな胸が腕で押さえた事によってボリュームが増したのか、それに興奮している三人組。
私は胸が大きいのもそうなんだが、お腹周りがスリムだと言われ細身である為に余計にそういう目で見られてしまうのだ。
『ねぇねぇ。俺らとちょっとだけ遊ぼうよ』
『大丈夫だって。なんもしないよ。なんなら売店の食べ物でも買ってあげるからさぁ』
何度もしつこく尋ねてくる。
『い、いえ…大丈夫です…』
『ねぇねぇ』
『(小声)おい、こっからの角度エグいぞ〜』
『マジだ!お前天才!しかもスタイルもめっちゃいい感じじゃね?』
もう嫌…昔も今も同じ目で見られるなんて…
私は思わず泣き出した。
そして体を硬直させてその場から立ちあがろうとも動けなかった。
『ねぇねぇお嬢ちゃん!』
『ねぇ行こうよ!』
『ちょっと聞いてんの?』
段々と三人組も私が無視するからイライラしてきている。
そして舌打ちまでしてきた。
もう早くどっか行って欲しいのに、しつこく絡んでくる。
そして一人が私の腕を強引に触っては引っ張ってきた。
『ちょっと、嫌!やめてください!』
力が強い。
しかも顔も近くに寄せてきてはジロジロと見てくる。
(やめて…誰か……助けて……)
すると、私の背後から誰かが優しく私の体を支えるかのような感覚がした。
上半身を優しく抱きしめるような感覚。
私はその人物の顔を見上げる。
『すいません。この人今から仕事があるんで』
『………え?優…君?』
厳つい三人を目の前にしても堂々としている凛々しい男性の顔が視界に入っていた。
『あん?どちら様ですかぁ?』
『貴方達こそどちら様でしょうか?』
『関係ねぇガキは引っ込んでろよ。あぁ?』
『僕ら文化祭のスタッフなんですが?これからこの人、文化祭の仕事に入るんで。手離してもらえますか?』
『ガキのくせして粋がってんじゃねぇぞ!』
すると私達の背後から大学内の警備員の方達が駆けつけてきた。
『あっ!またあの警備員じゃねぇか!』
『こらっ!お前ら!この前もキャンパス内で迷惑かけていた連中だろ!何してる!』
『チッ!見つかった!』
その場から猛ダッシュで走り去っていった三人組。
私はホット胸を撫で下ろす。
『玲先輩。大丈夫ですか?』
私は優君の顔を見て、思わず目を輝かせていた。
『ありがとう…優君』
『悪質な輩達でしたね。怪我とかないですか?』
『う、うん。大丈夫…。本当、ありがとう』
『よかったです』
その後のキリッと笑った顔が眩しく私の視界に広がる。
「昨日のお礼だよ。優君は本当にいい人だね」
「いや、あの時は先輩がマジで危なそうだったから!」
「えへへっ。でも、助けてくれたのは事実だし。ねぇ、他にぃー何かして欲しい事なーい?」
「……」
「なんでも言って」
「………先輩…」
「なぁに?」
「大事なお願いがあるんです…」
「うん!言ってみて」
「……せっかく先輩も色々とお礼をしていただいているんですが…俺………女性苦手なんです。だから…マジで今の状況、吐き気がしちゃうんくらい嫌なんで…もうやめてください…」
「……え?女性が嫌い?なんで?」
「取り敢えずさっきからやってる事はやめて下さい。それから、オムライス…とても美味しいです。…でも自分で食べさせて欲しいです。それから、僕の事をそんないい人と思わないで下さい…」
すると彼は下を向いた。そしてさっきまでの表情とは一変して沈んだ表情となっている。
「……だめだ…どうしても…自分が嫌になってしまう……本当にごめんなさい…先輩。色々と尽くしてくれたのに…」
「え?ちょっと待って。どうしたの?大丈夫!?」
急に頭を抱えながら泣き崩れる優君。
私はスプーンを机に置いて、彼の体が震えるのを抑えるようにした。
(私、何か悪い事したのかな?)
涙が止まらない彼。一体何があったのか?
「優君?優君落ち着いて!ほら!取り敢えず深呼吸して!」
私は背中を優しくさすってあげた。
そして彼を落ち着かせる為にスムーズに深呼吸を促した。
「ほら…大丈夫だよ…大丈夫。吸ってー、吐いてー」
「…あ、ありがとうございます。……もう、大丈夫です」
彼の調子が戻った所で、私は彼に何が起きたのかを尋ねる。
彼も何か嫌な事を思い出させてしまうかもしれないが、それでも知りたい。
彼の為に、何か出来るかもしれないから。
「ねぇ優君。どうして急にあんな事になったの?何か嫌なことでもあった?」
「……いや、大丈夫です」
「大丈夫なわけないじゃん!心配なの!だって急に泣き出したり、呼吸が乱れたりなんて、明らかにおかしいじゃん!言ってみて!相談に乗ってあげる」
「いや、いいですよ。そんなの…」
「優君が助けてくれたのに、私は何もしないなんて嫌だよ!何か力になる事をさせてよ!お礼がしたいの!私に出来る事をしたいの!だから言って。話したくないことかもしれないけど、このまま何も出来ない私になるのは嫌。私を信じて。話してみて」
「……わかりました。話します……」
そして彼は自分の胸を自分で撫で下ろした後、オムライスが置いてある机に視線をやって、話を始める。
「俺…中学3年の時、同級生の女の子に告白された事があったんです。しかもその子は俺の地元の幼馴染で小学生の頃からずっと仲が良かった子でした。その子は先生からも可愛がられて、クラスのみんなからも親しまれていた子なんです」
過去の恋愛話をし始めた。
私は真剣な表情で彼の話を聞く。
「名前は…凛ちゃんって言う子でした」
名前を言う時に一旦深呼吸をした優君。
恐らく思い出したくない人物なのだろうと察した。
「教室で二人きりになった時、急に告白されたんです。周りから人気の子に告白された自分は超嬉しくて『自分は幸せだ』と思いながら学校に通い続けてたんです。周りの男子も俺の噂が広がっていきました。その間も二人仲良く帰ったり、プレゼント交換をしたり、一緒にどこかへ遊びに行ったり、とにかく充実していたんです」
その後彼の表情がまた暗くなった。
「その後…俺は聞かされたんです。……俺に告白してきたのは、俺をたぶらかす為の悪戯だったって。全部ドッキリだって。その子の周りには数人の仲間がいて、そのメンバー達で俺の事を陥れる遊びを思いついたらしいんです。それで凛ちゃんを使って、俺を騙していたんです…」
彼がまた泣きそうになったが、グッと我慢していた。
「俺を選んだ理由も…『お前みたいな彼女が出来たことのない人間が急にクラスのマドンナに告白されたらどんな反応するかが観たかったから』って言って、俺の様子を観察してたんです…。相手は面白がってて…幼馴染の子も『ざまぁ』って言ってきて…俺から遠ざかっていったんです」
「…優君……」
私は優君の話を聞いて心が締め付けられる感覚になった。
「それから俺には幼馴染が居なくなって、それまでの思い出も全部なくなっていくような感覚に襲われて、もう何も信じられなくなって…何もかもが怖くなって…人間不信にもなりかけて…」
彼は涙を堪えながらも一生懸命話してくれた。
「もういいよ…ごめん…嫌な事思い出させてしまって」
「…だからこの前の先輩に絡んできた人達が、俺の嫌いな人達だったから助けなきゃって。でも助けに行った後、その過去を思い出しちゃって…」
「…………」
私は何もしてあげられなかった。
ただその話が本当なら、私は彼の悲しみを癒してあげたい。
助けてあげたかった。
でも今の私には何も出来なかった。
「だから…俺の周りに恋愛をしている人を見ると、怖くなってしまうんです…俺がいくら誰かのために尽くしても、また誰かに騙されてしまっていると思ってしまって…後悔みたいなのが残っちゃって……」
「もういいよ…」
「俺は何を信じたらいいかわからなく…」
「もういいよ!……もう話さなくていいよ……。そんなのあんまりだよ…」
私にも涙が出ていた。
こんな彼にそんな残酷な過去を背負わせている事に、怒りと悲しみが伝わった。
彼はいつも私に素敵な笑顔と優しい振る舞いをしてくれた。
でも今わかった。彼は道化を演じており、無理をしていたのだと。
多分文化祭も彼にとっては行きたくなかった場所だったに違いない。
あの時、大学生同士のカップルが沢山いたからだ。
「優君はとってもいい人なのに!優しくて素敵な人なのに。私にもっと早く言って欲しかった。優君の気持ちにもっと早く気づきたかった。だからもう苦しまないで。優君!」
「…先輩?」
私は涙ながらに優君に投げかける。
ただ彼を救いたかった。
そして私は彼を力一杯に抱きしめる。
「辛い過去、話してくれてありがとう」
そして優君は小さく頷いた。
「…先輩。……こちらこそ、ありがとうございます」
私は彼の表情を見た。
「俺、この話をするのが嫌で嫌でしょうがなかった。でも、全部吐き出せたお陰で、楽になりました」
「優君…」
すると彼の暗い表情が少しずつ薄れていった。
そして涙を自分で拭きながらこう言った。
「俺、先輩と出逢えて、本当に良かった。聞いてくれた人が先輩でよかった。本当に…ありがとうございます」
彼は、私にもう一度文化祭の時に見た笑顔のような素敵な表情を見せてくれた。
「……うん!私も!優君が元気になってよかった!」
お互い笑顔を取り戻した事になんだかホッとした。
そして優君は私が作ったオムライスに手をつける。
「うん。おいしいです。オムライス」
「それはよかった」
「本当にありがとうございます。先輩」
(ありがとうはこっちだよ。優君の力になれた事が、私にとってのお礼だから)
優君の嬉しそうな表情が私は大好き。
そしてこの笑顔を私はいつまでも忘れない。
大好き便り 森ノ内 原 (前:言羽 ゲン @maeshin
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