第5話 兄×妹

 学校の帰り道。


 現在中学三年生の私は一つ上の兄貴と下校していた。


 「なぁ兄貴」


 「どうした?千尋」


 「兄貴は頭いいじゃん?」


 「おう」


 「スポーツもできるじゃん?」


 「おう」


 「そんで真面目じゃん?」


 「おう」


 「それなのに…なんで彼女がおらんわけ?」


 「そりゃあ、俺はお前一筋ですからねぇ」


 「!?」


 急に兄貴からシスコン宣言が出された事に、私は驚いた。


 「うーわ!きっも!兄貴シスコンだったのか!」


 「きもって!何を言うか。血のつながった者同士で愛し合う事の何がいけない!」


 「いややめて…『愛し合う』とか実の兄に言われたら引く…」


 「っていうか16年も一緒にいるのに気づかなかったのか?」


 「いや、私まだ15だから。一年遅れてるから。っていうか気づかなかったって言うより、気付きたくなかった」


 「なんでぇ?」


 「シスコンの兄貴とかキモいもん!想像したくないもん!」

 

 「想像ではなく現実だ!ちゃんとここにいるぞ!ほら、俺の体触ってみ?幻ではない事が証明できるから」


 「いや触らない。触りたくない。寧ろ幻であってほしい…『体触ってみ』とか本当キモっ」


 「チェー。なんだよ冷たい。昔は『将来お兄ちゃんと結婚するー!』とか言ってきて懐いていたのに」


 「ばばばばっ!馬鹿っ!こんな所でそんな話するな!馬鹿兄貴!」


 私がふと兄貴に彼女が何故いないのかを聞いたのが馬鹿だった。


 普段の兄貴は私に対して優しい。


 昔からそうだった。


 私がヤンチャで何かやらかしても怒らなかった。


 兄貴の大切なゲームソフトのデータを間違って消したり、おもちゃを壊したりしても怒らなかった。


『ご、ごめんなさい…』


 『大丈夫か?千尋?』


昔からそんなんだから、友達に姉や兄がいる家庭とは少し違うと思う時があった。

 

 よく兄妹では喧嘩するもんだと聞くが、そんな記憶もあまりない。


『千尋。はいこれ。お前の大好きな人形』


『うわぁ!ありがとう!お兄ちゃん大好き!』


『そうか。よかったよかった!』


『お兄ちゃん!私ね、将来お兄ちゃんと結婚する。大好きなお兄ちゃんと幸せになる』


(………うわぁ。こんな時に思い出すとか…)


 「千尋はどうなん?」


 「え?何が?」


 「彼氏とかつくらないのか?」


 「うーん。私もそんなに彼氏がほしいって思わないし。なんていうか、恋愛に興味ない」


 「おぉ!じゃあこのまま行けば、俺と結婚確定なんじゃ!」


 「だから!そんな話するなって!本当馬鹿兄貴なんだから!」


 「お前さっき俺の事頭いいって言ってたじゃん?」


 「おう。でもそれは勉強面での話な」


 私はだんだんこの話を逸らしたくなった。


 「あぁぁそれより、もうすぐで春休みだし!兄貴はなんか予定あるの?」


 「うん?ないかなぁ。友達もみんなバイトで忙しいらしいし」


 「兄貴もバイトしたらどうなん?」


 「確かにそうだな。暇だし、なんかアルバイトでもしよっかなぁ。それよりさ!千尋はどんな男性がタイプ?」


 「!?。またそういうのかよ!」


 (せっかく話を逸らしたのに)


「でも気になるからさぁ。だって、兄の俺が言うのも変な話だけど、お前可愛いと思うぞ」


 「うぅぅうるさい!」


 「いや本当、同級生にいたら真っ先に告白しちゃうなぁ」


 「もうなんなん!」


 「俺は幸せだなぁ。こんな可愛い妹がいてくれる事が」


 「わ、わかったし!」


 「で?どういうのがタイプなん?」


 「………」


 (言えるわけない!だって……だって…私の好きな人は)


 私の心臓が鼓動を早くさせる。


「…………」


 「うん?」


「(小声)兄貴……みたいな人……」


 「え?ごめん聞こえないんだけど」


 「(小声)兄貴みたいな……」


 「誰も周りにいないって。もう少し大きな声で!」


 「ンーーーッ!馬鹿兄…!」


 「おーーーい!公輝じゃん!」


 「うわぁ!」


 私はびっくりした声をあげる。


 急に兄貴の友達が後ろから声をかけてきたからだ。


 (な、何が誰も周りがいないだ!いるじゃんか!兄貴の友達!)


「おぉ!真司じゃん!何?帰りこっち方面だっけ?」


 「違う違う。バイト。こっち方面は俺のバイトの近道だから」


 「あっそうなんだ!」


 「あっ、千尋ちゃん。どうも」


 「ど、どうも…」


 私は兄貴の友達に目を合わせられなかった。


 さっきの叫び声が聞かれていたかもしれないからである。


 「この前はサンキュー」


 「あぁ。で?明那ちゃんのやつ。なんだったの?」


 「まぁ色々あって俺の事好きだったみたいでさ。そんで、明那と…付き合う事になった」


 「マジで!?おめでとうじゃん!」


 「お前がアイツのストーキングを後ろから撮ってくれたから証拠提示してやったんだよ。そしてようやく吐いてくれてさ。そのあと俺に告白してきた。まさか俺の事好きだったなんてさ。直接言えばいいのに」


 「まぁ、女の子ってそういうもんじゃないの?恥ずかしくて好きな人の前になると想いを伝えにくくなるんじゃない?」


 「ははっ。そういうもんなのかな」


 (好きな人の前になると想いを伝えにくくなる…か……)


さっきの私も兄貴のことが好きだなんて、はっきり伝えられなかった。


 だからそういうものなのかもしれない。









 …………恋って……。








「そういえば、千尋ちゃんは今年どこの高校に通うの?」


 「え?あっ、兄貴と同じ高校です」


 「おっ!よかったじゃん!公輝!お前妹めっちゃ好きだもんな!」


 「え!?こ、高校でそんな事言ってるの!?兄貴!」


 「そうだぞ。それはシスコンだ!それはもううちの高校では一般常識だぞ!」


 「もーーー!なんでそんな事言うんだよ!馬鹿兄貴!」


 「あっ!悪い!もうすぐバイト始まるから。じゃあな!公輝!千尋ちゃん!」


 「えぇ!?ちょ!ちょっと待って!」


 「じゃあな!バイト頑張れー!」


 もう恥ずかしいったらありゃしない。


 私はこれから、シスコン兄貴の妹だと知らされるのだろうか。


 でも…別に、いいかな?


 だって私だって好きだし…こんな兄貴の事が…


「よし!じゃあ俺もアルバイトでも探すとするか!」


 「……なぁ、兄貴……」


 「ん?どうした?」


 「さっきの話なんだけどさ……」


 「さっきの話?なんだったっけ?」


 「……いや!やっぱなんでもない!」


 「なんだよ!さっきの話って。なんの話してたっけ?俺ら」


 「なんでもないよ!馬鹿兄貴!」


 別に直接伝えなくてもいい。


 兄貴が私の事をこよなく愛してくれる。


 それだけで十分だ。愛しの馬鹿兄貴。

 

 

 

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