2200年、ある機械の恋。
桜子
2200年 東京
空を飛ぶクルマ。ドア型のワープ装置。これらが当たり前になった21XX年に、私は生まれた。初めて見た景色は、やっぱり生まれ場所の工場付属病院。
工場とは言っても、私は完全な機械ではない。
私は、ロボットの父さんと人間の母さんを持つ、「ハーフ」である。
母は人間だけど、父は違う。研究組織によって造られた「ヒト型ロボット216」。これは非正規でもなんでもない。今の時代、ヒト型ロボットなんていくらでもいる。前から見ると、本当に区別がつかないくらいに。
そして当時の新人研究者が母。父は機械でありながら母に"コイ"をした。母もまた、完璧な父(機械だからまあ当然だけど)に"コイ"をした。秘密裏で母のDNAと父のプログラム情報から合成されたのが私、
さすが体内の現象をプログラムで動かしているだけあって、病に倒れたこともなく、身体能力もそこそこ高い。何度も言うが、完全な機械ではないから、血液も汗も涙も存在する。
でも、私はヒトとは違う。もし、私もヒトだったら。
こんなに切ない想いをしなくて済んだのに。
「お前ってホント数学得意だよなぁ」
鼓膜を包む凛々しい声に私は鼓動が速くなる。最近変だ。この声を聞いただけで、何かが窮屈になる。
「先生の話を聞いていたら解ける問題ばかりよ、仁。」
「げえ、自慢かよ」
たくさんのバッテンが誇らしく並ぶテスト用紙に頭を抱える彼。数学出来ないのねぇ、ニンゲンは。とため息のように言葉を漏らすけど、彼はもう友達と点数を自慢しあっている。置いてかれたような、肩の荷がおりたような、ごちゃごちゃした情報に戸惑う。
「今回もニイナさんだけ満点でした!毎回すごいですね~」
教室に拍手の花が咲く。バラバラの周波が脳に響く。数学なんて、脳が一瞬でやってくれるから満点以外を取るはずがないけど、そんなの言えない。皆私と違って、完全なニンゲンなのだから。
クラスメイトは「ニイナすごいね~。」って口々に褒めてくれるけど、数学より欲しい能力がある。ニンゲンにしか手に入れられない-仁でさえ持っている能力-。
(国語だけは、どうしても出来ないな)
唯一ヒトの心を読む必要があるその教科だけは、
仁は今、どうしてほしいんだろう?何がしたいのかな。楽しめているのかな。話しているとき、そんなことばかり考えてしまう。こんなの経験したことない。
悲しいことに、どうにもならない。他人の考えなんて、生身からじゃ分からないし、分かる方法も知らない。ゲームが好きだと知ってトランプをプレゼントした時も、アニメをよく見ると知って子供用ヒーローのぬいぐるみをプレゼントした時も、あまり嬉しくなさそうで。なんでか考えても全く答えがでない。あぁ、お父さんもニンゲンだったら、こんなに苦労はしないはずなのに!
休み時間、こっそり友達に聞いてみた。ずっと仁のことを考えてしまって、心臓がおかしいこと。どうにかして、仁の気持ちを知りたいことを。そしたら友達は、
「それ、好きってことなんじゃない?初恋でしょ~!」
と言った。慌ててシーッと騒ぎの花を静ませる。ああ、そうか。これが俗にいう"コイ"というやつか。妙に複雑な情報-否、感情-はコイという名前があるのか。
それを知ったところで、やはり私は無力だ。数字や文字の計算なら脳でできるのに、コイの解法なんてどのプログラムもやってくれない。沈んだ顔の私を見てか、友達は
「仁君を自分よりも大切に想うんだったら、悩むことないよ。そもそも、恋愛に確実なんてないんだから。」
確実...なんて...ない?
衝撃の情報が私の中を駆ける。確実なものがない、そういうことが存在するなんて。今まで確実な答えを突き止めるようにしたし、答えのあるものしか見てこなかった。こんなの、嘘に決まっている。
「お父さん、世の中に、答えのないものはないでしょう?すべてのものにちゃんとした理論があるのよね?」
お父さんはきっと肯定してくれるはずだ。だって、ロボットって必ず答えを導いてくれるものだから。私の言ってることが理解できているはずだから。
でも、お父さんは、思っていたこととは違うことを口にする。
「いや、それは違うさ、ニイナ。よく聞きなさい。世の中には答えが分かってないものが…あるいは、答えのないものだってたくさんあるんだ。もちろん、ちゃんとした答えがあるに越したことはないが……。」
お父さんはどこか遠くを見つめて、ふぅっ、と言葉にならない何かを吐き出して、
「お父さんだってね、今まで方法が分からないことに何度もぶつかってきた。もしかしたらもっといい解決策が存在していて、もっと裕福で不自由ない生活になったかもしれない。だがね。僕とは何もかも違うニンゲンのお母さんと恋に落ちて、結婚して、ニイナを授かったこの人生を、決して失敗だったなんて思わない。ニンゲンと機械が恋をするなんて、答えがないものだと思うだろう?お父さんがそう悩んだからね。こんな風に、全てにちゃんとした解答がある訳じゃない。でも、答えがないからといって、絶望したり、逃げたりする必要はないよ。自分のしたいことを優先して、思い切り挑戦しなさい。」
お父さんの言葉は、深く、ハッキリと心に響いた。…そうか、私はただ、逃げていただけなのかもしれない…………。
翌日、仁の家に向かった。震える手でインターホンを鳴らす。仁はすぐに出てくれた。
「ニイナじゃん。どしたの?なんか用?」
ああ、やっぱり緊張する…。複雑で、入り組んた情報-感情と言うべきか-が鼓動を速くする。発言プログラムを遮る。
でも、逃げちゃダメ。私の感情に対する確実な解答がない今、自分自身で
首を傾げて私を真っ直ぐと見る仁の瞳に吸い込まれるように、私は問いかける。
「私、仁が好きなの。仁の思いを聞かせて。」
2200年、ある機械の恋。 桜子 @youko31415
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