055 三人の勝也

 その後も、オレは父との約束を、守り続ける必要がありました。

 伯父に、初めて髪を切ってもらった日。オレは、彼とじゃれはしたけど、セックスはしていません。それよりも、もっとしたいことがありました。

 直接会って、ゆっくり、会話すること。

 伯父が父によって壊されていたことをオレは知りましたが、それを知らないふりで彼の懺悔を聞くことも、それには含まれていました。


「まー、元はといえば、俺が悪いんだから。優貴は全く気にすんな。運が悪かったことと、お前の責任であることは、別。責任は、俺。それだけは、ハッキリ言っとくぞ?」


 オレは、黙って頷くだけで、やり過ごすのが精一杯でした。

 そうなのです。父の調教は、監禁が終わってからが本番だったのです。彼はオレに、隠し事をさせたのです。


「こわかったろ? でもお前、大人呼ばず、ぜーんぶ一人で、最後まで解決した。なあ、俺、今ではしっかり、何があったのか把握はできてるんだ。……まさか、優貴が、三人の俺と対決して倒してたなんてな。つまり、そういうことだろ?」


 一人目は、「貴斗に過去視を打ち明けていなかった頃の高校一年生の伯父」。伯父は「役に入り込みすぎた」という表現をしていたけど、実際は、父が伯父を壊していたということは、貴斗と初めて会ったときに聞いた通り。

 最初に演技をはじめたのは、「貴斗の父親」だったことを、オレは知らないフリをし続ける必要があります。だって、役者本人とそう、約束しましたから。

 やられましたね。本当に容赦ない。

 そして、「練習」という単語が引き金になってしまったのは、単にオレと伯父の運が悪かったから。引き金は、オレが引いたんじゃない。たまたま、引いてしまっただけ。倒したことに変わりはないですけどね。




 二人目は、「貴斗を初めて怒らせた後の高校三年生の伯父」。伯父によると、実際に貴斗の過去を視てしまったのは、高校三年生の文化祭の直前だったらしいんです。文化祭が終わるまでは、友達のフリするけど、終わったら絶交な。どーせ受験勉強で忙しくなるし。伯父は一方的に、そう父に宣言したそうです。


「勝手なことするなよ、バカって。お前の父親が、そう言ったんだよ。俺、あいつには散々バカだバカだって言ってたけど、言われたのはそれが、初めてだった」


 彼のことは、窒息させて殺してしまった。実際には、意識を失わせてしまっただけで済んだ。本当に危ないところでした。


「あのさ。それが理由、ってわけでも無いんだけど。これから先、自分の首を締めながらセックスしてくれっていうのだけは、俺、ごめん、それだけは応えられない。……それで女、殺しかけたことあってな。まあ、ほら、俺の相手って、男だろうが女だろうが、重くて陰湿な奴ばっかりでさ。ここでこのまま首吊ろうかと思った。そういうのそれが、最初で、最後にさせてくれ」


 もう、この話は、それ以上聞きませんでした。

 この、二人目までは、「伯父さん」とさえオレが言えば、きっと「大人の勝也」に戻せました。




 三人目だけは、ダメでした。オレは彼が目覚めてすぐ「伯父さん」と呼びました。彼は一人目と同じ、「貴斗に過去視を打ち明けていなかった頃の高校一年生の伯父」ではあったけど、本物の「子供の勝也」だったから、戻せなかった。

 オレが「大人の勝也」を取り戻すには、「勝也に挿れさせて、いかせて、勝也に優貴先輩のことを呼び捨てにさせる」しか方法がなかった。伯父の言い方だと、「子供の勝也に失恋させ」、オレにとっては、「両思いなのに勝也から振らせた」ことにより、「子供の勝也」は居なくなってくれた。


「因果応報、ってこのことかーって、飲めない酒、また一人で飲んでた。なあ、俺にはそんなつもり無かったって、お前にはちゃんとわかるだろ? でも、結果的にそうなった」


 あのとき、オレと、「子供の勝也」は、二人とも「初体験」でした。


「俺が童貞捧げたのと、処女奪ったの、同じ女。あいつの今の旦那さ……性格悪いけど、嘘つかねーし、素直だし、きちんと口で気持ち伝えられる奴だし。早く離婚しねーかなーとか思ってたことあるけど。初孫、できるってさ」


 カッコ悪いだろ? この年まで引きずってて。そう言われて。それに上手い冗談を返せるほど、オレは実際には大人になってなくて。


「女の子にとっても、初めての相手って、大事だろ。俺、あいつが本気になってくれてたって、わかってた。でもそしたら、こわくなった。だって、俺、嘘つきだろ? 素直な奴と一緒になった方が、あいつ幸せになれるだろ? あいつも約束にうるさいからさ? 二人きりではもう会わないって約束させられてさ? 俺、ちゃんと守ったよ? あいつ、おばーちゃんになるんだから、なあ優貴、俺って、間違ってなかったろ?」


 きっと、ナオさんなら、このときの伯父を、笑わせてくれたんだよね。いいえ、無理に笑わせる必要は、別に無いかな。すみません。やっぱりオレ、ガキっすわ。

 伯父は、甥のオレに対して、本当によく頑張ったと、言ってくれました。

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