053 再放送
【ドア越し生中継・抜粋】
「すみません。すみません。ノア、すみません、すみません」
「もういいよ謝るなって。俺こそ突き飛ばして悪かった。な?」
「褒めてもらいたかっただけなんです。なのに……なのに……僕だってさすがに傷付きますよ……」
「あーもう!いつまでもメソメソしやがって。とっとと泣き止んでくれる!? いつまで曇天なのお前? 早く晴れてくれる!?」
「大体、【乃亜】だってどこが聖人なんですか……」
「俺の本性とっくに知ってて襲ってきたのお前だろ!?」
「いーえ襲ってきたのはそっちからです! こんなことになるなんて。泥試合ですね? あーあー方舟どころか泥舟ですね!?」
「あっそれ大学のときに、絶対同じ罵り方すんなって約束させたろ!? つけたのはうちの親父だから! 純和風顔なのにこんな名前、俺自身が一番嫌だよ!? 当て字だし、自己紹介のとき未だに辛いのよ!? ジジイになるとさらに辛くなってきたよ!? だから俺、【琥雅】の命名のときに言ったじゃん! それやりすぎ、痛い、名前負けしたらどーすんのって!」
「名前負けしなかったからいいじゃないですか! 超絶美形に育ったでしょう! 僕、自分の顔より綺麗だと思ってるのはあの子の顔だけですからね! 顔だけなら僕でも惚れますよ!?」
「……それ自分で言う!?」
「しょうがないじゃないですか、僕だって特に何にも努力とかしなかったけど勝手にこの顔なんですから!」
「あームカつく! 美形だって自覚してる天然美形、マジムカつく! 一番たち悪い! 死ね! 【晴人】死ね! 背中刺されて死ね!」
「死ねって言った! しかも背中刺されてはいくら何でも余計でしょう!? どれだけケンカしても死ねって言わないって約束したじゃないですか! やっぱり泥舟でしたね! 乗るんじゃなかった! 美形の息子まで引っ張りこんで、こういうのを泥沼化っていうんですよ!」
「お前ふざけんなよこの野郎!」
「いたっ!もう僕だって完全に怒りましたからね!」
【中略】
「はぁ、はぁ……おい……ハルト、何とか言えよ?」
「僕だって、こんなことしたくないんです。先にノアが向かってきたから。正当防衛です」
「なー、痛いって。せめて、手首を自由にさせて? ごめんな? ハルト。殴ったの……許して?」
「またそんな瞳で見て。僕は騙されませんよ? それに本当に……こっちは許してないですよね?」
「うん、それは大丈夫だってば」
「じゃあ今すぐ自分で脱いで下さい。確かめますよ」
「は!? なんでそうなんの!?」
「あなたはすぐに適当なことを言いますからね」
「なあ、俺とお前なら、確認なんかしなくてもわかるだろ? 高校生からずっと一緒に過ごしてきたじゃん!?」
「自分で脱げない、ということでしたら遠慮は要りませんね?」
「ハルト? ねえハルト? お願い、いたいことしないで! やだ! やだっていってるじゃん!」
【中略】
「お、お願い! やめてあげて! 父さん! やめたげて! 伯父さん準備してないから! おい聞けって!」
「コウガ! 大丈夫ですちゃんと聞いてますよー! ノア、コウガがああ言っていますが、彼の言うことは本当ですか? あなたはいつもいつも、僕に事前の準備であったり、想定しておくことであったり、それがいかに大切であるかということ、それらは大人の責任であるということ、十分に理解しているか、僕に聞いてきますよね? 確認してきますよね? それが重要なことだと、あなた自身が理解しているからですよね? それなのになぜ、あなたは準備してないんですか!? 」
「ごめんハルトぜんぜんわかんないよ!?」
「わからない、ということであれば」
「やだ! せめて、あっちで」
「ねえ! 元はオレのせいじゃん! 挿れたいならオレにでも挿れたらいいでしょ!」
「コウガは関係ありません。責任を感じる必要はありませんよ?」
「コウガ! お前は確かに全然関係ないから! 頼むからあっち行っててくれ!」
「そっちがどっか行ってよ! 父さん! 挿れるならオレに挿れろよふざけんな騙しやがって! っていうかお前がそっちかよクソジジイ!」
「相変わらず元気ですねぇコウガは。ノリツッコミまで上手になって」
「乗っかって突っ込んでるあんたが言うなよ! 嫌味なのか冗談なのか狂ってるのかハッキリしてくれる!? おいそっちもだぞチビ! あれだけ散々監禁調教しといて何アンアン言ってるんだお前! サプライズのつもりか誕生日とっくに過ぎてんぞ!」
「上手いこと言いますね? うちの子、冗談のセンスはあるようでよかった……ねえねえノア、元気なあの子に挿れながら、本当は僕に挿れられたいって考えてたんでしょう? そうですよね? そうでなかったらおかしいじゃないですか? ねえ、どうなんです?あれ?ノア……?」
「父さん、あの……せめて、もう少し、いたわってあげて。その、メンタル的な意味でも……うん。オレ、黙って大人しく待ってるから……」
【中略】
「ごめんなさい、ノア。痛かった?」
「うん」
「優しくしてほしかった?」
「うん」
「本当は、どういう風にしてほしかった?」
「もっと、ちゃんと、ゆっくりキスしてから」
「それで?」
「服脱ぐのも、いつもみたいに、ハルトに手伝ってほしかったし」
「あの、父さん、最後まで詰問する気?」
「コウガ。大人しく黙って待っていると言ったのはあなたの方ですよ?」
「ハルト、お願いだからもうやめて。即答しないとお前が拗ねてさらに面倒だからそうしてるだけだぞ? 全然いたわってることになってないから。むしろメンタルが……」
「あ、すみません。泣かないで、あ、ごめんノア……ちょっと、やりすぎました」
「早く琥雅持って帰って……」
「そういえば、僕って家出少年の引き取りに来たんですよね? すっかり忘れてこのままスッキリして帰るところでした。じゃあ、ノア。伯父さんらしくしてくださいね? 僕は父さんらしくしますから」
「なんでもいいからカギ開けて息子にちゃんと謝ってあげて」
「はい、わかりました……琥雅! お待たせして申し訳ありません! 手早く済ませようと思ったんですけど、意外に抵抗されたもので。父さん迎えに来ましたよー!」
「ひっ」
「ごめん突っ込まれすぎて俺は今日ツッコミするの無理だし、どのみちキリがないからもう深く考えないで、とっとと帰ってお願い」
【中継終了】
ねえ、ミオさん。オレは、この日のことを振り返ると、勇気が湧いてくるんです。
あれ以上にこわかった体験、今のところ、まだ無いんですよ。大体のことでは驚かない、強い自信というものが、確かにこの胸に刻み込まれました。
思えば、父のあんなにスッキリとした美しい笑顔を見られたのは、久しぶりですし……。
あのときは、「このひとこわい」以外の感情がありませんでしたが、よくよく考えると、父ってお茶目な人ですよね?
サプライズをしてみたかった、という純粋な気持ちがそうさせたのだと思うと、学生時代にきちんとした青春を送っておくことの大切さが身に染みます。
思えば父の青春は、透明な壁に阻まれた青春でした。愛しい彼に触れるのを、彼自身が壁を作り堪えていたのです。
それなら……と。ドア越しくらい、いいじゃない? なんかね、父が可愛く思えてきました。父さん、可愛い。愛してる。
ごめんなさい。これ、ミオさんへの手紙なのに……父への愛を打ち明けてどうしろという感じですよね。
ミオさん、ミオさん、ごめんなさい。もちろん、ね、今、べろんべろんに酒を飲みながらこのテキストを書いています。なんだか、どんどん感傷的な気持ちになってきました。
キーボードを打っていると、涙がボロボロこぼれてきました。父さん、父さん……今ごろどうしているのかな。ホームシックになってきました。あ、いま一人暮らしって言ってましたっけ。そんな感じです。
次に実家に帰るときは、もう少し素直な気持ちで接しよう。そういう明るい気持ちになれたのは、いつかの星の瞬きを思い出したからです。
思いきって、父を誘ってみようと思います。もちろん性的な意味では無いですよ。あ、普通のご家庭は、ここでいちいち注釈は要りませんね。つまり、星を観に行きたいって、お願いしてみようかなって。
父のこと、もっとよく知りたくなったんです。あ、性癖の話はもういいです。公共の場において、大きな声で話せる趣味のことです。ほら、オレも、神話とか宇宙とか、嫌いじゃないし、好きな方だし。
父と子も、巡り合わせですよね。自分が生まれる前に、父親が亡くなることだって、可能性としてはあるんです。それに、伯父だって。実際、父の弟さん……叔父には、会えなかった。
だから、世間一般的には、やべー父親とやべー伯父ですけど、ドア越し生中継という、三人の絆のようなもの……それがね、オレの心の北極星だと、今はスッキリとした素直な気持ちで、そう言えるんです。
琥雅より、荒野の一つ星・澪さんへ
※注釈
ごめんなさい、ミオさん。
なんか、気付いたら謎の「北極星」という名前のワードファイルがあったんですが、自分でもケタケタ笑ってしまったので、もう誤字脱字だけチェックして、ほとんどそのまま送りますね。
えっと、この先は、仮名でのお話に戻りますね。
次からは、再びナオさん、で、よろしくお願いします。
次からは、恋敵ではなく、父子としてラブホテルで語らうシーンになります。
もちろん、チェックアウトするときも生き地獄だった気がします。今のうちに、申し上げておきますね。
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