051 種明かし

「ねえ、そもそも、仕事と二人分の家事をやりながら、内容も全部一人で考えて監禁調教するなんて、いくらなんでも無理じゃないですか。あなたの調教内容については、僕が考えるということで初めから分担していたんですよ」


 実際、そうですよね。伯父だって、監禁調教は学生時代にしろって言っていましたしね。


「じゃあ、最初からあなたの指示通りだったってこと?」

「いいえ。一日目は勝也に任せました」


 オレはその瞬間、少しだけ安心しましたが……。


「一日目。あなたが眠りに落ちてから、僕は勝也と電話で話しました」

「そう……全て把握はしてるんだね」


 ここからは種明かし、あるいは答え合わせです。あの男がどこまで本当のことを言っていたのかは判断がつきませんから、とにかく実際の会話を思い出してそのまま書きますね。

 オレが眠ったのは午後十時頃です。自分が今いる場所が、彼らが普段交わっている場所だと知って、泣きながら、意識を手放しましたよね。

 その後、伯父は自分の入浴を済ませ、少しだけ仕事の確認や、洗濯なんかをしていたそうです。

 そして午後十一時頃。オレが寝ているのを確認し、彼に電話したと。


「あいつ、本気だったわ」


 まずは、「一番めんどくせー結果だった」ことの報告。


「ねえ勝也。あの子を痛め付けているとき、どんな気分でした……?」


 昔の彼は無自覚Sだったそうですよ。今はしっかり自覚しておりまして、ネチネチネチネチと伯父に質問したと。


「顔だけじゃなくて、身体もお前に似てるな、って思った」

「それで?」

「高校生のときのお前を、抱いてみたかったなって、思って」

「それから?」


 最終的に。


「挿れたく……なった……」


 という言葉を伯父から引き出したようです。伯父も基本的にドSですが、彼に言葉攻めされるのは好きなようですね?

 それに、ずっと「調教モード」だったから、彼に意地悪されて、伯父のメンタルもバランスがとれたのだと。そうやって責めていた彼はどうせ、嫉妬と興奮でぞくぞくしてたんでしょう。


「……貴斗は、どうしてほしいんだよ?」

「僕は元々、勝也の身体を縛るつもりはありません。これまでも散々我慢してきたでしょう? でも、あの子だけは別です。簡単にあなたに触れて欲しくない。僕が高校時代のあなたに焦がれていたのと同じくらい、苦しんで苦しんで耐え忍んでほしい」

「普通、親は自分と同じ苦しみを、子に与えたくはないもんだがな……?」

「ええ、確かにそうですよ。僕はあの子のために、今まで手を尽くして、精一杯慈しんできたつもりです。だから、よくわからないんですよ。自分でも。あの子の姿かたちが、あまりにもあの頃の自分と似ているせいでしょうか? あの子には幸せになってほしい。けれど、苦しんでもほしい」


 今なら、彼の気持ちを何となく理解できます。こんな複雑な関係性を作ったのは自分たち、そう、母も含めてこの四人だとわかっていますしね。


「全てが終わったら、 あの子を抱いてください。僕は、あなたたちが望むなら、この先も二人で会うことを止めはしません。勝也の身体は勝也のものですから。けれど、気持ちは奪わせない。あの子がそこまでやろうとしたら、僕は息子だろうと容赦はしません」


 ここで彼も決意を固めたようです。


「さて……僕の最初の指示は、二日目の入浴後。そこからです」


 スティックパンの一件は、範疇に無かったようです。あれ、幸せでしたからね。まあ、その辺りも伯父は告げているだろうけど、二人ともそこの言及は避けました。


「入浴後、あなたの身体を拭かせたのは、彼に確認させるためですよ。丁寧だったでしょう? あなたの身体が、僕とはどう違うのか、確認して、報告しなければなりませんでしたから」

「足首とか……?」

「その通り」


 それと、もう一つあったんです。それは背中でした。

 彼の左の肩甲骨の下には、生まれつき小さな赤いアザがあるんです。それの有無まで確認させていた。オレはそのことに、全く気づいていませんでしたよ。足首に気を取られていましたからね。彼が自分のことを「執拗」と言っていた理由がよくわかりましたよ。

 それと、アザの件は……伯父が彼の身体をよく「知っている」ことを意味します。ナオさんなら解るでしょう? 伯父は他人の言葉をよく聞き、表情を見て、観察することに長けている……。

 さすがにオレも妬きました。ガシガシと髪を崩しながら頭を掻いて、気を紛らせました。彼はとても満足そうに、次の項目に移りました。


「そしてまた、あなたに目隠しをした」

「意図はあったの? いくつかは理解してる」

「では、おそらく気付いていないことを一つ。あなたの視界を奪ったのは、勝也に襲わせないため。前日の時点で、彼はあなたを抱きたくなっていた。目は口ほどにものを言うでしょう?」


 そう言う彼は、目でも口でも情報を浴びせてきます。着いていくのが精一杯ですが、余裕を見せたところで嘲られるだけでしょう。大人しく相槌だけを打ちました。


「そして勝也は、子供だった頃のあなたに別れを告げていた。もう、大人の身体になってしまったあなたを見て、完全に幻想を捨てた。昼食は自分で食べるように言われたでしょう?」

「うん、そう。分からなかった、そこまでは」


 伯父には寂しい思いをさせてしまった、とその時は胸が痛みましたが、よく考えるとそれは「自然に」行われるべきことだったんですよね。オレが変に避けてしまって、さらに襲ってしまって。甥が大人になったということを、そんな不自然な形で表現してしまったのは、こちらの方だったんです。


「で? 寸止めさせて放置して嫌がらせってわけ?」

「あー、あれは本当に仕事が詰まっていたらしいので、ただのタイムアップです」

「マジごめんなさい」


 放置中の辛さについてはもう述べましたが、伯父も伯父で、甥の調教から一般社会人に切り替えるのは辛かったんでしょうね。オレはまだ学生ですけど、想像するだけでぐったりしますもん。


「そういえば……母さんを向かわせたのは父さんってことだよね? 過去視を使えと言ったんでしょう?」

「そうですよ。僕だって嘘が酷すぎたという自覚はありましたし、こうなれば母さんにも参加してもらうしかなくなりましてね」

「元はと言えばオレが発端」

「母さんは何も悪くありません。男三人でよってたかって虐めたようなものです。帰ったら、きちんと謝罪しなさい。僕はもう済ませました」

「はい、そうします」


 それから、彼はとんでもないことを言ってきました。伯父が、妹である母を抱いてしまったときの想定です。


「実際そうなれば、監禁調教が監禁処刑に変わるだけなので、応用はしやすいですね……大丈夫、あなたの家の醜聞にまで快楽を感じるような外道までは、さすがにあなたの血族にはいませんよ?」


 いよいよここから、彼の本性が末恐ろしくなってきました。学生時代の「約束破り」まで予見していたんです。何をどこまで想定していたのか。我が父ながら、妄想力といいますか、総当たりといいますか、そういう「物事の考え」をする人であることがこわくなりました。


「まあ……妻にはつい、四人目なんて困りますよなんて、口に出してしまいましたが。まあ、別にいいですよ、カネだけ渡すのなら育児にはなりませんし……それにどうせ見た目ですぐわかるだろうし……後ろめたいのは彼らですからね……」


 彼は相変わらずの調子でしたが、もうそろそろ慣れてきましたし、スルーしないとキリがないんです。スルースキルというやつですね。さすがに覚えました。

 そのときも、そこまで長い呪詛でもないだろうと思ったので好きにさせました。


「ああ、同時に五人目まで、というのはさすがの僕もちょっと。全力で愛でたいところですが、僕も若くはないので身が持つかどうか。そうなったら、さすがに言いますよ、兄さんなんだからしっかりしてくれって……」


 好きにさせている内に、兄の自覚についての話になってしまいました。

 二連続で双子が産まれることすら心配しはじめたようです。父さん、さすがに疲れてたんだね、色々な意味で。

 後で母から聞いた話ですが、母の母、つまりオレの母方の祖母は、双子として産まれたそうです。しかし、片方は数時間で亡くなってしまった。


「恵瑠ちゃんと璃愛ちゃんがお腹に来てくれたときにね。母さん、初めてその話を聞いたの。ほら、あなたのお祖母ちゃんも、大人になってから、双子だったんだよって聞かされたらしくてね……」


 家系に双子がいると、産まれやすい、という話を母はしてくれました。


「お祖父ちゃんも、嘘は言ってないけど本当のことは言ってないだけ、とか。なんか……説明するの、うっかり忘れてただけだったんだって? あの二人」


 オレにはきちんと、あの祖父母の血が流れている。こんな形で、思い知らさせることになるとは、思ってもみませんでした。

 家族ともっと、話そう。

 オレは心に決めました。

 兄さんなんだから、と言われたので、オレは彼の長男として、話しかけることにしました。


「父さん、今まで本当にごめんなさい。長男としての自覚が足りなかった。もっと、ちゃんと、母さんやあいつら……じゃなくて、恵瑠と璃愛に向き合うことにする。帰ったら、まずは妹たちと話をさせてもらってもいい?」

「もちろん。兄妹だけの話もあるんでしょう?」

「うん。内容は、恥ずかしいから、三人の秘密にするよ?」

「もう。父さん、そこまでは、いくらなんでも聞きません。兄妹の仲にまで嫉妬すると思いました?」

「うん。父さんならやりそう。ほら、よそはどうか知らないけど、うちの妹たち、どう考えても美人にしかならないでしょう?」

「まったく、やっぱりブスだなんて思ってなかったんじゃないですか。あなたの美意識を疑うところでしたよ? それと……あなたに長男の自覚を持たせなかったのは、僕にも原因があります」

「あ、うん。なんとなく、察してる。父さんとも、また……」

「いつでもいいですよ。さて……最後にもう一本だけ、吸っても?」

「家じゃ、吸えないもんね?」


 本当は、オレにも一本ちょーだい、なんて言おうと思いましたが……というか、マジでクソガキなんで、やっぱり吸ってみたくなっちゃったし……。

 受動喫煙すらさせない父ですよ?

 どーせ怒られるし、我慢しました。

 いつかこっそり、伯父のを失敬しようと、その時考えていましたっけ。この銘柄なんて、絶対に嫌だったもん。

 そしたら、どのみち父にも伯父にも、すっげー怒られる羽目になったんですけど……また、それは別のどこかで。


「そういえば、時間を破らせたのも、わざとだね?」


 三日目のあの日のことです。伯父は本当は、十二時に帰って来られたそうです。彼がそれをさせなかった。


「もちろん。その後、あなたが出てきたがらなかったのも僕の予想通り」

「伯父さんは予想していた?」

「いいえ。本気で困惑していましたよ?」


 やはり、彼の方が伯父よりも何枚も上手だ。オレは一層、彼とのやり取りには慎重にならないといけないと気を引き締めました。


「遅れた分の償いをどうするかまでは指示していませんがね」

「あれで十分、埋め合わせになった」


 オレは嬉しくなりました。伯父自身が考えた贖罪が、あれだったんですから。

 ねえ、ナオさんは伯父とお風呂に入ったことがある? してもらった? その……えっちなことも。

 知りたいんです。伯父のこと以上に、ナオさんのことも。一緒に入浴しましょうとまでは言えません。言いたいけど。あ、言っちゃってる?

 ごめんなさい。あなたの身体もオレは知りたい。伯父に調教され尽くした、白く美しく細いその身体をね。こんなこと言っても引かないですよね、むしろ悦んで……くれたらいいな。

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