049 父との朝食

「さて、優貴。おなかすいてません? モーニングでも行きますか? 父さんも伯父さんに叱られたんですよ、朝食はしっかり食べろと。それに、あなたと二人で朝から外出なんて、久しぶりですからね」


 確かに、腹はすいていましたから。うん行く、と答えました。


「それと。別の種類のお説教もありますからね?」


 実はそのとき、まだ見当がついていなかったんです。

 さて、喫茶店に着きました。ゆったりとした二人用のソファの真ん中にオレは腰掛け、テーブルをはさんで正面に座っている父が、嬉しそうにメニューを見ているのを、背もたれに背中をぴったりつけ、両手をだらんと下げて眺めていました。

 父がフルーツのセットを注文したので、オレは反射的にサラダを選びました。オレの飲み物はもちろん、アイスコーヒーです。

 よほど、モーニングが楽しかったのでしょう。父は終始、機嫌が良さそうでした。他に何かいいことがあって、スッキリした気分だったせいもあったでしょう。

 オレがトマトを残していたら、勿体ないので父さんに下さいと言われ、返事もしていない内にフォークを刺されました。やっぱり、オレもフルーツにしておけば良かったです。


「さて、優貴。父さんの肩に勝手に触ってはいけなかったでしょう? あなたは父さんの仕事をよく理解しているでしょう? もう高校生なんだから、当然のことですよね?」


 二人とも完食後、オレが呑気に残りのアイスコーヒーをストローですすりはじめていたときでした。お説教が、始まりました。


「え、どういうこと? ごめん父さん、わかんないよ」

「……本当に、素直になりましたね。わからないことは、素直にわからないと言わなければなりません。わからないこと自体に、罪だとか怠惰だとかそういう意味を被せるより、早く説明に移ったほうが時間を有効に使えるのです。つまり、職務機密についての話をしています。どれだけ危険なことをしていたのか、わかっていますか?」


 このときばかりは、父は父親というだけでなく、仕事での顔も出していたように思います。


「……ごめんなさい。もうしません」

「よろしい」


 それから父は、頬を少しかき、ためらいがちに言いました。


「あと、あなたがあれを視るかもしれないということは、とっくに想定していましたよ?」


 ここは朝の喫茶店でした。周りには、しらないひとたちが大勢います。そういえば、オレは無理やり監禁されていて、こうやって不特定多数の人間と同じ空間にいることは喜ばしい状況のはずなのに、何故かまた、元のあの部屋に閉じ込められたい気持ちになっていました。


「それに、あの夕食会は、伯父さんがあなたを確認するためではない。あなたに伯父さんを確認させるためでした」


 ああ、そうか。ぼうっとしていた頭が、ようやく働きはじめました。カフェインがようやく、血に巡りはじめたのでしょうか。


「まあ、元々はソファでうっかり眠り込んでしまった僕の失態が全てを招いたのですから、責任はとりますよ」


 父は、とても、責任感の強い男性です。他人に責任を取らせないようにすることも、得意な人です。


「そうそう、母さんに父さんの過去を視るよう指示したのは父さんです。あの子は頑固だから……。母さんは、母さん自身との約束は、守れたのですよ」


 これだけは、ホッとしました。母さんは、他人に裏切られることより、自分が自分を裏切ることに、罪悪感のある女性ですから。


「まあ、久しぶりに使うのは難しいだろうと思いましてね。父さんから方法を指示しましたが……さすがに、母さんとのことは恥ずかしいですね。父さんだって、実の息子には口では言えませんよ。そこは察してください」


 キスのことだと思いました。知ってますよ、父さん。双子が産まれてから、行ってらっしゃいの習慣は、途切れてしまっていたんでしょう?


「元々、家族の秘密なら、家族で何とかしようと思っていたんですよ。予め父さんは様々な想定をして、心の準備をしていたんです」


 父はここで、言葉を置きました。どうやら息子に何か言わせたいみたいです。


「そっか。ぼくは、パパの手の内からは、一歩も外に出ることはできていなかったんだね」


 すると、父は息子の瞳を、わざわざじっくりと覗き込み始めました。彼の愛する男によく似た、あの漆黒の瞳に気付いたはずです。ええ、きっと彼は、それすら「想定」していたはず。

 さらに、そのことは、彼にとっては愉悦でもあったのでしょうね。瞳の色を確認した父は、満面の笑みを浮かべながら、「手の内には無かったことがある」と息子に説明したのです。


「いいえ……あなたが、彼に、あそこまで真剣だったことだけが、この僕の想定外でした。いえ、違う……あえて言うならば、希望、ですかね?」


 そうして、父は、ストローで小さく音を立てて、ミックスジュースを飲み干しました。

 会計のとき、父は追加で焼き菓子を購入しました。


「これ、妹たちの好物だって、知らなかったでしょう? あなたから二人に渡してやって下さい。あの子たち、なんだかんだで兄離れは当分先みたいですよ?」

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