046 事情聴取
うちの父って、温厚とか誠実とかの他に、爽やかとか言われがちですよね。オレもそう思います。まあ、そのときのスッキリとした爽やかな笑顔を見たオレは、「このひとこわい」以外の感情はありませんでしたけど。
「もうやだ……」
伯父が廊下でうずくまってメソメソ泣いています。首筋は異様に赤くなっているし、あれでは当分外を出歩けないのではと感じました。
声はかけない方がいいと思いましたし、そんな姿はそもそも見なかった気がする、と記憶を封印した方がいいのかとまで思いを巡らせました。
「えっと……荷物、リビングにあるから、一度オレ、取ってくるね」
それだけ言うので精一杯でした。そして、リビングに行き、カバンを取って、また廊下に向かうまでの間、二人がこんな会話をしているのがきこえていました。
「あのさー、洗濯終わってないやつは、終わったらすぐ持っていこうか……」
「いえ、僕の方から取りに行くので、また連絡します。夏休みですから、制服も気にしなくていいでしょうし」
制服、と口に出したのは、父の方からでした。絶対にそうでした。オレは聞き逃しませんでした。
「優貴、伯父さんに挨拶しなさい」
「お世話になりました。失礼いたします」
「おう、お前ら、またな」
そんな、父と伯父と甥との挨拶を終え、オレは父の後に着いて、パトカーにでも連行されるような気持ちで、エレベーターに乗り、マンションを出て、近くのコインパーキングに停めてあった、父の車に向かいました。
だって、制服は、洗濯機の中に、他の汚れ物と一緒に、オレがぐちゃぐちゃに詰め込んだはずで。父がその日開けたドアは、玄関と監禁部屋だけでした。そもそも洗面所のドアは、ずっと閉まっており、制服がそこにあることなど、事前に知らされていない限りはわからないはずだったんです。
つまり、そういうことでした。
***
いつもの癖で、後部座席に乗ろうとすると、父に今日は助手席に乗るように言われました。もちろん大人しくそうしました。
途中、父が、タバコを買うのでコンビニに行くと言いました。オレは、うん、と答えただけでした。
コンビニでタバコを買って、運転席に戻った父は、助手席で頭を垂れ、ぐったりうなだれている息子を見て、心配そうに声をかけてくれました。
「あのー、大丈夫ですか?」
あんたの方こそ大丈夫? くらいのことでも言えば、父も笑ってくれたのでしょうか。
オレが喋らないし笑わないので、困った父は、慣れない冗談を言うことにしたようです。
「ほら、サプライズって……楽しいじゃないですか。あの、父さんの誕生日って、四月十二日でしょう?」
父さんの話、オチまですごく長いんです。だから聞くのが嫌なんです。二人きりのときに聞かされるのは耐えられないんです。脱線するし。戻ってこないときもあるし。
オレは、こんなことなら、本当にパトカーに乗っていた方が気が楽だと思っていました。しかしそこは、コンビニの駐車場に停めてある自家用車の中でした。事情聴取をしているのは、どちらかというとオレの方でした。
誕生日の話から、ヴォストークだかスプートニクだか、そんな単語も飛び出してきて、月世界旅行がとまで言い始めたので、そろそろ止めないと、最終的にキューブリックの話になりそうだったのでさすがにオレも怒りました。
父とオレ、色々と趣味が合うので。そういう話は後からいくらでも聞いてあげるからと諭しました。息子と久々に会話できて嬉しかったのは、嘘じゃないって今ならよく分かります。そもそも嘘下手ですし。
そして、もはやどんなに長くてもいいから、せめて着地点だけは見誤らないでくれと願いながら、父の長い長い説明を、オレは助手席で聞いていました。
「なので、今度はサプライズを仕掛ける側に回ったんですが。バレないようにするの、けっこう大変なんですよね? あの子がいかにヒヤヒヤしていたか、よくわかりました」
良かったですね、ナオさん。父さんも、サプライズ仕掛けるの、楽しかったみたいですよ。
ペラペラ喋りすぎてスッキリしたのか、疲れたのか、その両方だったのか。ここからは父も、真面目なトーンで話し始めました。
「父さんはね、琥雅が強く美しく成長することを、あなたが産まれる前から既に知っていました。まあ、ここまでキレイな顔に育つとは、正直想定外でしたけどね」
確かにトーンは真面目なんですが、言っていることは不真面目でした。だったら、と、オレも覚悟を決めました。きちんと父の「本当の気持ち」に向き合うのです。
「父さん、教えて。あれは……どういう意味だったのかな? 今なら素直に、教えてくれるよね?」
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