044 翌朝

 さて、ここからは、後日談です。

 実をいうと、こちらの方がメインです。ナオさんに、一番知って頂きたかったのは、ここからなんですよ。

 オレと伯父とが、誰にも話さないと約束した範囲は、あの日、リビングに行ってから、寝室で一緒に眠ったときまでを指します。

 なので、ここからお話するのは、その翌日、オレが伯父の寝室で目覚めてからの話です。




 先に目を覚ましたのは、オレでした。

 すぐに伯父を起こさなかったのは、彼の寝顔をできるだけ長く見つめていたかったからです。今まで経験してきたどの朝よりも幸せな朝でした。

 少し遅れて目覚めた伯父は、気だるそうな声でオレの名前を呼んでくれました。


「優貴……先、起きてた?」

「ちょっと前に」

「そっか。おはよう、優貴。お前のこと、愛してる」

「おはよう。勝也のこと、愛してる」


 どうやらね……寝惚けてたみたい。

 伯父の名前を呼び捨てしてみたことに、本人も気付いていませんでした。

 今は、きちんと「伯父さん」と呼ぶようにしています。怒られるの、嫌ですからね。




 それから伯父は、オレの前髪をかきあげました。何かを確かめるように、オレの顔をまじまじと見つめてきます。


「どうせ、父さんのこと考えてるでしょ」


 そうです。父が今日、車でオレを迎えに来るのです。なので、オレの顔を確認したのは、父とオレの顔を比べているのだと思っていました。


「バーカ。俺に似てるとこ、一個くらいないかなーって探してたの。ぜーんぜん、ないな……。ま、似てない方がいいか」


 瞳の色に気付かなかったのは、形ばかり確認していたせいでしょうか? オレはそのことを指摘せず、こう言ってみました。


「オレ、伯父さんの顔好きだよ? 切れ長の目とか、細い顎とか、しゅっとしててカッコいいし、あとは額の形とか」

「あーもう、うるせーなー」


 そんな風な、会話をして。




***




 父が来るまで、そんなに時間はありませんでしたから。オレは精一杯、伯父に甘えました。彼がつけてくれた「優貴」としてね。


「ぼく、きちんと勉強するし、大学には絶対行くからね?」

「学部、どうすんの?」

「法学部は嫌だな……」

「うん、やめとけ」

「文学部にしようかな?」

「文? そんなとこ行って就職どうすんの?」

「法学部に行ったら就職楽なの?」

「新卒で入った会社なんて三年以内でやめろ」


 伯父の自己紹介でした。ナオさんなら、知ってますよね? 散々な目に遭ったらしいです。

 それで、今の職場に転職したとのことですが……こっちはこっちで大変みたいですね。

 ただ、甥っ子を監禁調教できる程度に時間の余裕があるから良かった、なんて伯父は言い、そして。


「優貴も誰かを監禁調教したくなったら、学生の内にやっとけよ?」


 ねー、ナオさん。正直羨ましいな。学生の頃の伯父に調教されたんでしょう? オレも、伯父にその頃に戻ってもらって、もう一回調教して欲しいな。ナオさんにしたようにね……。

 どうしても話してくれないんですよ。きっと二人の秘密だからですよね?でも、ナオさんは悪い子だから、その約束破ってくれる?

 教えて下さいよ、どんなのだったかって。ナオさん、どう思った?どう反応した?伯父の表情はどうだった? ねえ、覚えているでしょう?

 ナオさんが「約束を破りたくなった」のなら、いつでも言ってくださいね。オレ、待ってますから。

 そうそう、ここからでした……。オレたちのことを、先に話しませんとね?




***




「なんかさ、俺の顔見たら多分泣くから、泣き終わるまで優貴のこと閉じ込めといてとか……言うんだけどさ……」


 もちろん、父のことです。


「あー、別にいいよ。散々情けないとこ見せといて、泣き顔はやっぱり直接見られたくないんでしょ、息子には」

「すまんな」


 とはいえ、父はナオさんたち後輩の前では、涙もろい人だったそうですね。父の誕生日は四月なので、後輩にいつですかと聞かれたときには、もう過ぎている状態だったそうです。

 それで、ナオさんが、どうしても貴斗先輩のもお祝いしたいからと、十月の伯父の誕生日の日に、二人分のサプライズをしてくれたんですってね。


「あいつ、ボロボロ泣いてるから、後輩たちが取り囲んで、貴斗先輩おめでとうございます、泣かないで、大好きだよ、尊敬してます、とかなんとか言っててさ……その日、俺の誕生日だったんだけど? 誰一人として俺に優しくしてくれなかったんだけど?」


 ちなみに、今では十月の伯父の誕生日を……まあ、話が逸れてしまうので、またの機会にお話ししましょうか。

 誕生日のサプライズのときさえ、父はそんな有様でしたから、オレを迎えにきた日、父は既にボロボロに泣いていた状態で、玄関の前に立っていたと、後から伯父に聞きました。


「……お前、いつから泣いてたの?」

「運転中からです……」

「よく事故らなかったね? 帰りは高校生乗せるんだから安全運転で頼むよ? 交通安全教室の動画でも見とく?」

「そこまで言わなくても……」


 玄関で、そんなやりとりをしているのを、オレは監禁部屋のベッドで一人、寝転がってスマホをいじりながら聞いていました。

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