024 夕食

 母が帰ってしばらくして、伯父はカレーを持ってきてくれました。


「このカレー、双子も一緒に作ったってさ。うめーな。やっぱりいいよな、手作りって。妹と姪っ子たちの愛情入ってるんだから、そりゃ旨いよな」


 彼女たちも手伝ったのか。あの三人が、台所でかしましくやり取りをする様子が思い浮かびました。


「ああ、カレーといえばさ。郊外オリエンテーションで作るやつ、まだあるの?」

「うん。えっ、伯父さんの頃からなんだ?」

「そうそう。あれ? その話したことない? っていうか聞いてない? お前の父さんから」

「全く」


 そうです、ナオさん。オレはあなたと……同じ高校の卒業生なんですよ。

 一人ぼっちになった父が住んでいた、あんなに大きな家とは、オレの実家でもあり、父の実家でもあったんです。このことは、もしかしたら伯父から聞いてご存じでしたかね。


 オレは、あなたの後輩です。


 さて、高校に入学してすぐにやらされる、郊外オリエンテーションでのカレー作りの話も、ナオさんならよく知っていらっしゃいますよね? 続けます。


「まあそりゃそうか。貴斗がお前に言うはずないか」

「父さん、何かやらかしたんだね?」

「あいつ、何でもできるけど、料理だけは壊滅的だからな。最近は台所立たせてもらってませんから大丈夫ですとか言ってけど」

「え? 先週くらいにパエリア作ろうとして台所ぐちゃぐちゃにして母さんにキレられてたよ?」


 父は伯父に嘘をつくことがあるのだと、初めて知りました。その時の母の様子は……ええ、思い出したくもありません。うちの母、キレるとマジでこわいんです。 


「あいつ、また嘘ついたな。これで弱み一個増えたわ」


 ちょっといい気分でした。父の弱み、まだあったかな、等と考え始めました。


「てか、何でパエリアなんだよ。あいつ、チャーハンすら作れねぇだろ。パエリアってけっこう難しいんだよ」

「凝った物の方が、料理してる感あるからじゃない? 普段母さんにばっかり任せてるから、罪悪感あるし、オレたちにもカッコつけようとして空回りしてるんだと思う」


 これはほぼ正確な答えだったと思います。オレは、父の考えていることを、よく理解しているつもりです。今では一層ね。


「なんだそれ、意味わかんねー。あとさー、レシピ通りにやらない癖、あいついい加減治した?」

「まさか。隠せてない隠し味とか、代用できない物で代用するとか、そういうやつでしょ?」

「もう一個弱味増えた」


 しめしめ。後で伯父さんにこっぴどく叱られてしまえばいいや。監禁調教中でしたが、確実に父にもダメージを与えることに成功し、オレはこういう手口を使えばいいのだとほくそ笑みました。


「あれ、話それてない? 高校の話聞かせてよ」


 それから、さらなる父の情報を手に入れることにしました。


「あ、そうだった。あれでさ、貴斗と同じ班だったのよ、俺」

「あのときから一緒なの!?」


 ナオさんの頃からそうでしたよね、あの班って自分では選べないはず。ここでさすがに、二人の絆について嫉妬してしまいましたっけ。


「そーだよ。結局大学まで一緒だったんだから。ってカレーの話だよ」


 悪い予感しかしませんでした。


「あのときは俺も料理なんてできなかったし、貴斗が僕は手先が器用ですからって言うから、野菜任せたの。そしたら、あいつが入れた鍋の中身、もっぺん全部戻して皮剥き直す羽目になった」

「うわぁ」

「なんなのあいつ。できないんだったら他のことすりゃいいじゃん」

「まあ、カッコつけたかったんじゃない?」


 別に確認を取ったわけではありませんが、どうせそういうことだったんだと思っています。そんなオレの返答に、伯父は怒りだしてしまいました。


「はぁ!? あいつさー、あの顔じゃん、入学式からめっちゃザワザワされてて、カッコつけなくてもカッコついてたぞ? 何なの嫌味!?」

「あの、オレの意見だから。オレの」

「あ、すまん」


 怒るなら直接あの人に怒ってください。あと、多分嫌味ではありませんよ。


「てか、お前もザワザワされてた? もしかして」

「……いや、別に」

「お前、正直に言ってみ? 女には興味ないのに女にもてるだろ?」

「……いや、別に」


 ごめんなさい。女の子たちにはもちろん、男どもにもザワザワされていました。


「あー! 卒業式のこと思い出した!」

「え、入学式からいきなりそこまで飛ぶ?」


 これ以上追及が無くて助かりましたが、話が一気にそこまで行ってしまいました。


「高校のときさ、貴斗より背ぇでかい後輩いたんだよ」

「すごいね?」


 父の身長は、高校生の時、百八十五センチで止まったと聞いていましたから、相当高い後輩さんです。


「貴斗がその後輩にさ、立ったまま僕を見下すことのできるのはあなたくらいですよ、寂しくなりますね、とか言いながらそいつの頭撫でてさ。僕の上目遣いは貴重ですよ? って、どう見ても口説いてるようにしか見えなくてさ……」


 ああ、そもそも父には高校時代、男好き疑惑が流れていたそうですね。女性の恋人どころか、仲の良い女友達の影すらなかったんですって? そして、卒業式の一件で確定してしまい、父が結婚するまでそのままだったらしいです。


「後輩はさ、とんでもなく鈍い奴だったから、確かにそうですね! オレも寂しいんでまたみんなで会いましょうね! とかハキハキ言ってんの。貴斗が相手にされてないようにしか見えなかったんだわ。そいつもその後すぐ、彼女できたしさ。あとから両方に話聞いたら、口説いてないって貴斗は言うし。後輩も、親が子を撫でるのは当然では? ってなんかもっと重いこと言い出すし。なんなのあいつら……」


 そういうわけで、伯父は父と付き合っていることがバレたら、高校時代からそういう仲だと勘違いされそうだったため、ひた隠しにしていました。もう、時効ですよね。それに、この辺の事情は、ナオさんの方が詳しいでしょうから、これ以上はやめておきますね。

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