020 父と母

 さて、ここまでの話を嫌々聞かされた結果、伯父が父にベタ惚れしていることも、きちんとわかりました。

 一応、息子としては、父親が誰かに無理やり関係を結ばされているのではないと知って、安心しました。

 しかし、そうすると、やはりこの疑問にたどり着いてしまうのです。


「じゃあ、オレって、何なの?」


 伯父は、その言葉だけで、オレがどこにたどり着いたのかがわかったのでしょう。

それまで、ヘラヘラと惚気話をしていただらしない表情を、一気に引き締めました。


「まず、絵理子は、俺とあいつのことを知った上で、結婚した」


 その時オレが真っ先に知りたかったことを、伯父は最初に教えてくれました。

 母は、過去視を制御できるようになってから、封印することに決めていた、というのは前にお話ししたとおりです。

 なので、父の過去も絶対に視ない。そう約束していたそうです。何かの弾みで視えてしまったとしても、母からすると、父とは一途に思い合ってきた仲。自分を裏切ることは絶対にないはずだ、と確信していたそうです。

 ところが、父は伯父と関係を持ちました。そのことを知られれば、全てが終わります。

 父は、母に、正直に話しました。

 ここで、伯父に繰り返し強く念を押されたことなのですが、父は母のことも、本気で愛しています。監禁が終わった今は、そのことにオレも疑いを持っていません。

 父と母はお互いに、恋人というより、「家族」になりたいと思ったそうです。


「そしてお前は、貴斗と絵理子が本気で望んで作った子供だ。お前は望まれて産まれてきた。俺もお前と会えるの、ずっと待ってた」


 ずっと待ってた、という一言は、今なら絶対に嘘ではないとわかっています。


「俺さ、お前が産まれるより前に、友達の赤ん坊に会いに行かされたことがあるんだわ。そのときは、なんだこの得体のしれない生き物、って思って。抱っこどころか触ることもしなくて。まあ、その友達、性格良いからさ。無理して可愛いとか思わなくていいって言ってくれたっけな。まあ、それまでの俺って、子供自体、全然好きじゃなかったんだわ」


 とうとうこの頃には、オレは、伯父が一体何を言いたいのか、見当がついてきて、目頭が熱くなってきていました。


「あの日ってさ、運命的な日だったんだよ。お前と出会って初めて、子供が可愛いって思えたんだよ、俺。それから、お前のこと育てるの、すっげー幸せだった。お前があからさまに俺のこと避けだして、すっげーショックだった」


 そうやって、伯父を傷付けていたことは、わかってはいるつもりでした。けれど、本人の口から、それがどれだけ辛かったかと聞かされて、ようやく思い知りました。

 伯父を男性として好きなことに、気付かれたくない。そんな理由、誰にもわかるわけないでしょう? 普通、甥は伯父に、恋をしないでしょう? オレは今まで、どれだけ伯父を寂しがらせていたんでしょうか?


「一昨日もさ、おめでとう、って言ったら、お礼は言ってくれたけど、顔とか全然見てくれなかったじゃん? あー、やっぱり、絶対俺、こいつに何かしたんだわ。嫌われるようなこと、無意識でしてたんだわ、って」


 そう。一昨日、八月三日は、オレの誕生日でした。

 あの夕食会は、そもそもオレの誕生会だったのです。

 甥が自分を避ける理由が、全く思い当たらなかった伯父が、そうやってずっと自らを責め続けていたと知って、深い罪悪感にさいなまれました。

 伯父は、さらに続けました。


「でも、その理由がわかって、安心した。だから、嬉しかったっていう気持ちは、嘘じゃないから。なあ、もっかい言っていいか? 誕生日、おめでとう。八月三日ってさ、俺にとっては、めちゃくちゃ大切な日だったんだぞ?」


 オレは、静かに、涙をこぼしていました。


「オレが、悪かったんだよね。オレが、伯父さんを、好きになったから、こんなことになったんだよね」

「それは、ちょっと違うぞ? だってさー、好きになったものは、しょーがないじゃん。甥が伯父を好きになってもしょーがないの」


 伯父は、ハッキリと、こう言ってくれました。伯父は、オレの「好き」という気持ち自体は、決して否定しない。受け入れるかどうかは別にして、「好き」になることは悪いことではないと、肯定してくれたのです。


「だって、初恋の相手って俺なんだろ? まあ、光栄なことではあるよ。人生って二回無いんだ。その一回目が俺だろ、嬉しいに決まってるだろ……立場や関係は別にしてさ」


 その時伯父は、ポリポリと顎をかきました。照れていると捉えてもいい、そんな指の動きでした。


「それに、貴斗だって、俺と絵理子の二人ともを好きになったこと、かなり葛藤してたらしいしよ。そもそも、絵理子には過去視があるし、隠し事はできないしな」


 父は、真面目な性格です。子供からすると、真面目すぎて、鬱陶しいことも多いんです。しかし、その真面目さゆえ、母は父の気持ちを理解し、状況を受け入れたのかもしれないと思いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る