018 父
しばらくして、伯父はスマホを取り出して操作し、耳にあてました。
「貴斗? 今大丈夫か? あいつの躾なんだけど、まだまだかかるわ。なんかさ、お前から俺に躾を依頼してきたって、信じてないみたいだし。ちゃんと言ってやってくれるか? じゃあ、スピーカーに切り替えるな。おいクソガキ、喋っていいぞ」
そうやって見せられた伯父のスマホの画面には、父の名前が表示されていました。
「……優貴?」
「父さん?」
伯父には喋っていいと言われましたが、何を喋ればいいのでしょう。オレの声を確認した父は、こう言いました。
「あなたの躾ですが、確かに僕が依頼しました。あまり伯父さんを困らせないように。優貴が良い子になったら迎えに行きますからね」
まるで、予め用意されていたセリフを読み上げただけのように聞こえました。
スピーカーにしているので、自分の話す言葉が伯父にも聞こえているということは、父も理解しているはずです。父も、伯父の手前、こう言うしかないのです。
伯父はおそらく、父に罪悪感を与えようとしている。それに気付いたオレは、昨日の父や母とのやり取りを思い返しました。
オレは昨日、父ときちんと話さなかったことを悔みました。父さん、反省してるみたい。確か、母はそう言っていました。それは、殴ったことを反省しているという意味ではもちろんありませんから、それはつまり、息子に隠し事をしていたことを意味していたはずなのです。
タイミングはいつでもあったはず。せめて、手紙でも書けば良かった。全ては自分の軽薄さと我慢弱さが招いたもの、父は何も悪くないのです。罪悪感など感じて欲しくないんです。
そしてオレは、父を裏切り、伯父にそそのかされ、騙されたことを、詫びようと思いました。
「その、ごめん、父さん」
「……何ですか? 僕の男だと知ってて、その上で無理やりキスしたことなら、いくら謝られても許す気はありませんからね?」
父が何を言っているのか、しばらく理解が追い付きませんでした。
「優貴、お前は黙っとけ。もう喋るなよ、喋ったらまた殴るぞ。貴斗ももういいよな。じゃ、スピーカーから戻すよ」
しかし、伯父はスピーカーのまま、父に呼びかけました。
「お前さー。可愛い息子なんだから、それくらい許してやれよ」
「嫌です。僕、今まで、あの子に本気で腹を立てたこと、ないでしょ。初めてですよ、怒鳴りつけそうになったの。我慢しましたけど。褒めてくれますか?」
「あーえらいえらい」
「……ねえ、勝也。終わったら、僕ともちゃんと二人きりで会って下さいね? 最近、全然呼んでくれなかったじゃないですか。優貴が今、あなたと二人きりだと思うと、どうにかなりそうですよ。あの子は僕に似ているでしょう? 勝也があの子に本気にならないかどうか不安なんです。だからあの子だけは抱かせたくないって言ったんです。ねえ、乗り換えないでくださいね?」
「あーもう、うるせぇな。切るぞ」
「待って、愛してるって言ってからにしてください」
「じゃ、またな」
伯父は電話を切りました。オレの顔をちらりと見て、プッと吹き出し、ケタケタと笑い始めました。オレはきっと、昨日の父のように、青白い顔をしていたのでしょうね。
オレはそんな伯父の様子を眺めながら、先ほどのねっとりとした父の声色を思い返し、背筋が寒くなりました。あんな父の声を聞いたのは、生まれて初めてでした。
そうしてオレは、父が伯父に脅されてオレを監禁させたのではなく、本当に自分の意志でそうさせたということを、突き付けられたのです。
「貴斗の奴、うるせーだろ? こっちが何か話したくても、ずっとあんな感じでさ。よっぽどお前に俺のこと取られないか不安なんだろうな。あいつ、自分の男に手ぇ出されかけたんだ。普段は優しいパパかもしれねぇけど、俺のことになるとおかしくなるみたいでさ。そのくらい、お前の父親は俺に惚れてんの」
父の言う、「あの子だけは抱かせたくはない」という言葉は、どうか自分の息子に手をかけないでくれという切実な親心から出たものでは無かったのです。
彼は自ら渇望した上で、関係を持っていたのです。
そして、今……彼は息子に、激しく嫉妬しています。それが、オレが貴斗という男の妬みを、初めて突きつけられた瞬間でした。
今思えば、スピーカー越しだったのは、手心を加えられていたせいかもしれないとさえ思っています。
彼の複雑な感情を、そのときはまだ、全く理解できませんでした。
ちなみに伯父は、父がスピーカーに切り替えられていないことに気付いていて、あえてあんなことを言ったのだと思ったので、ちょっとやりすぎだぞ? と内心苦笑していたそうです。
困ったことに、実際のところは、スピーカーがどうとか、そんなことを考える余裕は彼には無かったそうです。
あの時の彼は、オレを責め立てたいわ伯父には捨てられたくないわで、感情がグチャグチャになっていたそうなのです。
オレの父親のイメージ、だいぶ変わりましたよね?
伯父の本性については、ナオさんもよくご存知でしょうけど、父は、知らないはずですから。
もちろん、オレだって、そのとき初めて知りました。
「父さん……嘘でしょ?」
オレは、信じたくなかったんです。伯父を信用していない、というよりは、父を信用していたからこそ、伯父を信用していなかったのです。
なぜ、あの父が? 彼の勤勉さや実直さを、オレの身の回りの他の大人たちですら、称えているのを知っていました。
彼には、社会的な信頼がありました。
「お前、もしかして、オレが無理やりあいつのこと脅してセックスさせてたって思ってた? そんなわけねーじゃん。元はと言えば、あいつの方から持ちかけてきたんだよ。まったくさー、父子二代で同じ男襲うって、お前ら一体何なの?」
「父さんから、襲ったの?」
全く想像がつきません。あの父にも衝動性があったのか、それとも別の理由だったのか。
聞きたい、とオレは思いました。ほら、好奇心旺盛でしょ?
「そーだよ。当時の俺の部屋で、二人で飲んでた時にな。俺、酒は好きだけど弱いだろ? 俺、そのとき別に貴斗のこと、そういう目で見てなくてさ。あいつの気持ちも知らなかったから、すっかり油断して酔いつぶれてたわけ」
それから、馴れ初めを聞かされたんですが、実は途中から飽きてしまいました。すっげー、無駄に長かったんです。
全て聞いた後のオレとしては、そんな二人のすっげーどーでもいい話、書きたくはないんですが、頑張ってまとめてわかりやすく書きますね。
だって、ナオさんは、知りたいでしょう? 興味があるでしょう? 今まで絶対に知らなかったでしょう? 父と伯父は、あなたにだけは、二人の関係を自ら話すことはまず無いと思うんです。ええ、ナオさんにだけは、何があっても絶対に言わないはず。
まず、父はあの性格ですから。伯父相手だと、あんなに情けなくなるっていうことは、後輩には隠しておきたいはずなんですよね。
二人の関係をナオさんが知ったら、父に根掘り葉掘り聞きたがるはずだというのは、直接お会いしたことがないオレも、簡単に想像できるんですよ。
けっこうオレ、ナオさんの性格も、分かっているつもりです。
そして伯父は、挿入の他に、ナオさんに許さなかったことが、もう一つあったそうですね。
「あいつに挿れんのはさ、直接見なくてもできるし、まあなんとかなったんだわ。でもさー、私のもしゃぶってくださいよーっていうのだけは無理だった。だからお前、絶対に言うなよ? あいつにバレたら、なんで貴斗先輩にはしてあげれたのに私には無理だったんですか、もう大丈夫でしょ、今からでもやってください、パンツ脱ぎますね、とか絶対言われるもん」
伯父も多分、ナオさんの性格を、完全にわかって言ってるんだと思います。
さて、馴れ初めを聞かされていたときのオレは、そんなに赤裸々に話して、この人は一体全体恥ずかしくないのかな、などと思っていました。
まあ、嫌がらせでやっていたんでしょう。よくよく伯父の性格を考えると、ちょっと無理していたんだと思います。
あと、オレは小便をさせられた後、そのまま何も履かされていませんでしたよね。そのときね、クーラーがききすぎていて、凄く寒くて辛かったんです。でも、そんなこと言ったら……というわけで、下半身がスース―するのを我慢しながら、一刻も早く終わることを必死に祈っていました。
その内容をここに書くのも、本当はとても億劫だし、思い出すだけでお腹が冷える錯覚にまで襲われるんですが、ナオさんのためなら頑張りますね。
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