014 状況

 ナオさん、大変お待たせしました。

 なるべくナオさんを退屈させないよう、短くまとめようと思ったのですが、これからのことをしっかり説明するためには、どうしても長くなってしまって。


 そんなわけで、オレはナオさんと同じく、伯父に監禁されました。


 同じ、というのは正確ではないですね。

 ナオさんは、伯父に何度も頼み込んで、監禁するよう説得したと聞いていますから。

 伯父はその詳細を、あまり話したがりません。めんどくせーから、だそうです。断片的に、聞くことはありますが、全貌は把握していません。

 だからナオさん。もしも本当にお会いできたら、その時の事をぜひお聞かせください。

 さて、オレはナオさんとは違い、望んで監禁されたわけではありませんでしたから、状況を把握するのにかなり時間がかかりました。


「お前のパパから、頼まれたんだよ」


 伯父はそう言いましたが、悪い冗談だとしか思えませんでした。それに、いくら昨日のことに伯父が腹を立てていたとはいえ、ここまでされる筋合いは無いと思っていました。

 大体、伯父はオレが約束を破ったから、などと言いましたが、伯父の方こそ、昨夜は電話でオレを騙して、まんまとここに呼び出したんじゃないか、という怒りで頭がいっぱいでした。

 とはいえ、またさっきのように殴られてはたまりません。ひとまず、オレは伯父の言うことを聞きました。

 まず、持ち物は全て、回収されました。とはいえ、ズボンのポケットに、スマホと鍵と財布を突っ込んできただけでしたから、すぐに終わりました。

 それから、伯父に、ベッドの上に座るように言われたので、痛みを我慢しながら身をよじらせ、態勢を変えはじめました。ベッドの片側は、壁にぴったりとくっついていました。そこに背中をつけろと言われました。

 最終的に、オレは腕を縛られたまま、三角座りの格好で、腕を組んで床に立っている伯父を見上げました。

 伯父の顔からは、いつもの笑顔はとっくに消えていました。


「じゃあ、どういうことか、説明してやるからな」


 オレは小さく頷きました。伯父の説明はこうでした。

 父の頼みで、伯父はオレを躾けることになったそうです。

 母と妹たちには、昨日父とケンカしたオレが、伯父のところに家出したと説明するそうです。

 オレが「良い子」になったら、帰してくれるそうです。

 それまでオレは、この家からは一歩たりとも外には出してもらえない、ということでした。

 ただ、伯父はオレの「面倒をみる」と言い切りました。

 食事は三食与えてくれるし、その他日常生活で必要なことは、伯父が全てやってくれるのだと。


「夏休み、まだ一か月近くあるよな。高校生はいいよなー。俺も在宅でできる作業がほとんどだから、あまり出社しなくてもいいけど、仕事はしなくちゃいけないわけよ。いいな、夏休み。羨ましいな」


 もちろん伯父は、そんなに長く監禁するつもりは最初からありませんでしたが、その時のオレは、最長で一か月はこの家から出してもらえない、という意味に取りました。


「っていうかお前、明らかに何か期待してたよな? セックスしてもらえると思ってノコノコきたわけ? 昨日の電話で、俺は一言もそう言わなかっただろ?」

「……言ってないけど、そう思わせたのは、そっちでしょ」


 オレは電話の内容を思い起こしました。どう考えても、伯父は嘘ばかりを並べ、どうにかしてオレを自分からここに来させるように仕向けたはずだと思いました。

 確か、「これから話すことは、全部本当だから」と伯父は言ったはずです。その言葉自体が嘘だったのならば、それから言われた言葉は全て信用なりません。


「伯父さんだって、オレとの約束破ったじゃん」

「破ってねーよ。昨日の電話ではマジで本当のことしか言ってない」


 これ以上、何を言われても絶対に信じるものか、とその時は強く思いました。


「オレもさー、半分冗談だったんだよ? 昨日、お前のパパから電話かかってきたとき、お前のガキ、躾がなってないから、監禁して調教してやろうかって言ったの。そしたら、ぜひそうして下さいってお願いされたわけ。自分じゃそんなことできないから、代わりにやってくれって」


 父は、伯父に言わされたのだと思いました。二人の力関係は、圧倒的に伯父の方が上で、父は伯父の言うことには逆らえないのだと。

 昨日の電話の中の伯父の言葉は、全てが嘘ではなく、真実も混じっているはずだという風に捉えていました。父がオレのことを愛している、ということだけは、せめて本当のはずだと信じてやまなかったのです。

 オレは、伯父に騙された自分の浅はかさを恥じました。


「そんなこと、急にお願いされても本当は困るんだよなー。こっちは仕事もあるし、つきっきりでガキの面倒見るわけにはいかないんだよ。お前も今すぐ来たいとか言ってくるしさ。準備するの、大変だったんだぞ? まあ、とっとと始めて終わらせてしまいたかったし、別に良いけど」


 伯父がペラペラと言葉を並べ立てる間、オレはじっと押し黙っていました。身体中がまだ酷く痛みます。ここは大人しく、伯父の話を聞くより他はありません。


「何か買いに行ける時間すらないから、大体は家にあるもので何とかしたわけよ」


 伯父は一旦しゃがみこみ、床に落ちていたらしい、黒い靴下を拾いました。靴下の中には、何か重い物が入っているようでした。伯父は立ち上がって、それを自分の顔の近くで、振り子のようにゆらゆら揺らし始めました。


「あ、俺さ、身体洗うときは石鹸派なんだ。石鹸はいいぞー。他のことにも使えるし、その後普通に使っちまえば残らないからな」


 つまり、伯父は靴下に石鹸を入れたもので、オレのことを殴っていたらしいのです。


「……酷いよ、そんな物使って」

「ハァ? お前、狂暴なんだから、何か使って殴るしかねぇだろ? 道具使って他人殴るとか、こっちだって初めてだよ。酷いのはそっちだ、クソガキ。昨日のことちゃんと思い返せよ。背もでけー、体力もある若者がよー、こんなガリガリのオッサン襲ってよー」


 確かに、昨日の自分は酷かった。それは自分でも反省しています。

 もう二度と、先ほどの痛みを味わいたくなかったので、オレは泣き叫びながら、伯父に必死に謝りました。

 伯父が靴下を自分のズボンのポケットにしまい込んでくれたので、ひとまずオレは落ち着きを取り戻しました。

 そうして、しっかりと息を整えた後、オレは伯父に尋ねました。


「……躾けるって、何? 良い子になったらって……ねえ、伯父さん、オレ、どうしたらいいの? どうしたら早く帰してくれるの?」

「これから、俺の指示を聞いて、その通りにすること。自分がしたいことじゃなくて、俺がさせたいことをお前はやれ。俺の指示を、きっちり守れるようになってきて、昔みたいに素直で良い子になったと俺が判断したら、帰してやる」


 それは結局、伯父の機嫌次第ではないか、とそれを聞いたオレは思いました。これから自分は、この男の機嫌を取り続けなければなりません。

 ねえ、ナオさん。

 オレはあなたに、親近感は感じていますが、あなたとオレは似ているとは思っていません。

 むしろ、その真逆ですよね。

 あなたは自ら、伯父に支配されることを望んだはずなのですから。

 オレは、伯父に支配されることを、確かにその時「屈辱」だと感じていました。

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