012 二回目の電話
その夜、オレはまた、眠れない夜を過ごしていました。汗もかいていたし、腹も減っていましたが、家族が寝静まるまで、一歩も部屋の外には出ませんでした。
日付が変わってから、トイレに行き、冷蔵庫からペットボトルを一本だけひったくって、すぐにまた自分のベッドに横たわりました。
ちょうどそのときでした。伯父から、ショートメールが届きました。
「また電話していい? もう俺と二度と話したくないなら別にいいよ」
白々しいですよね。ここに文面をそのまま書こうと思って、さっきスマホを確認したんですけど、つい笑っちゃいました。
まあ、そのときのオレは、電話を待つどころか、すぐさまこちらから電話したんです。
ちなみに、伯父との電話の内容は、一言一句同じセリフまでは書けませんが、できるだけ正確に思い出しながら書いています。
「……優貴?」
伯父は、少し焦っていました。まさか、メールを送ってすぐに、オレから電話が来るとは思っていなかったようでした。
「伯父さん、何?」
「あのさ、まずはもっかい謝らせて。殴ってごめん」
「うん」
「ごめん。ちょっとお互い、冷静じゃなかったな。すまなかった。まあ、俺の方が悪いんだよな。元はといえばさ」
伯父はしきりに、謝罪の言葉を口にしました。
「あのさ。俺、嘘つきだけど、これから話すことは、全部本当だから。それは約束する」
「本当に?」
「うん。絶対約束する。貴斗……お前の父さんも、約束には厳しいだろ? 俺も高校のときからさ、できない約束は最初からしないで下さい、ってよく言われてたわ」
「父さん、高校のときから変わらないんだね」
「そういうこと。あいつから、電話がきたんだ。優貴、中身は絵理子に似てるな。ガキの頃の兄妹ケンカ思い出したよ」
「父さん、なんて?」
「優貴、本当のこと全部、言っちゃったんだろ。さすがの父さんも、パニックになっててな。あーなると、なかなか俺の話聞かないの。落ち着かせるのに、けっこう時間かかった」
「……そうなんだ」
「意外?」
「父さん、何も言ってこないから、いつも通り落ち着いてるのかと思ってた」
「頭パンクしてフリーズしてたんだと思う。なんか、色々言われたわ。他の男や女ならいくらでも抱いていいですけど、優貴だけはダメです、それだけはやめて下さいとかなんとか」
「父さん……」
「まあ、お前の父さんは、真剣にお前のこと、愛してるからな。こんなことになったけど、これからも変わらず、父と息子として仲良くやっていきたいって本気で思ってるよ。本人がそう言ってた。それに、昨日だって、あれ、お前の父さんから俺に提案してきたし」
「昨日って、ご飯食べに行ったときのこと?」
「俺、過去視の確認は、母さんには内緒、って言ったろ?」
「あ……」
オレは、そのとき初めて、父もオレの過去視を確かめたがっていたことに気付きました。
そして、次のセリフだけは、ほぼ正確に覚えています。覚えておけ、と言われましたしね。
「俺は嘘は言ってないけど、本当のことも言ってないだけ。気付いてなかった? 悪いな、俺、ずるいから、そういうとこあるぞ。テキトーなこともよく言ってるから、わけわかんないかもしれないけどさ。これから、俺と話するときは、よーく覚えとけよ?」
ナオさん。これが、伯父なんですよね。今思うと、このとき宣言してくれていたんですよね。オレはまだガキでしたから、腹の探り合いには慣れていませんでした。だから、フェアじゃないと思ったんでしょうね。
伯父と甥、という関係自体が特異なので、ナオさんも忘れかけていたかもしれませんが、年の差でもあるんです。
オレがこの先いくら大人になろうと、伯父に勝てることは絶対にありません。
さて、話を電話の内容に戻します。
「お前の確認した後さー、すぐ喫煙所行って、お前の父さんに結果発表して、俺からお前に過去視のこと説明するってことで話がまとまって。それで、今日、お前がうち来ることも知ってた。夕方な、お前の帰りずっと待ってたんだよ」
「父さんに、悪いことした」
「まあ、今度三人で話そうか。元はといえば、全部俺のせいだし」
少し間を置いて、伯父がこう切り出しました。
「……たださ。その前に、もう一回、二人だけで会いたい。優貴と二人でないと、できない話もあるしさ。それで、できたら、また俺の家で話したいんだけど」
「二人だけで……?」
「うん。俺もあのあとちゃんと、お前のことについて、しっかり考えた。正直、その、すっげー嬉しかったし」
「そう、なんだ」
「俺なりに、今後のこと真剣に考えて答え出したつもり。覚悟は決めたよ。まあ、優貴がもう俺のこと嫌いなら別にいいし、もう二度と俺なんかに会いたくないっていうんなら、そうするし」
「そんなことない。今すぐ会いたい」
「……そっか。本当にそれで、いいの? 自分の親のこと、裏切る形になるかもしれないけど。お前だって、別に父さんのこと嫌ってるわけじゃないだろ?」
「うん。オレ、本気だから。それでもいい」
「わかった。まあ、まずはゆっくり話そう? ほら、実際お前ってどっちなのかなーとか、そういう、色んな事も、確かめたいしさ。まあ、さすがにもう、電車止まってるから、今すぐは無理だな」
「じゃあ、朝行っていい?」
ごめんなさい。自分でも書いていて、さすがに恥ずかしくなってきました。
このときのオレは、明らかに何かを期待してしまっていました。そのことが胸に浮かぶと、我慢できなくなったんです。
そういう、衝動的なところ、ちょっとは直せよ、とは伯父に今でもよく言われます。
伯父は、返事に少し迷ったようでしたが、来るのを許してくれました。
「……いいよ。あー、ちょっと色々、準備したいし、せめて十時頃かな?そんなに早く優貴が来ることになるなんて、思わなかった」
「じゃあ、やっぱり別の日の方がいい?」
「いや、いいよ。俺も、決心が鈍るの嫌だし。早い方がいい。早く、優貴の顔見たい」
オレの期待とは、もちろん伯父とセックスができることです。こんなに早く、そういう方向に事が進むとは思わなかったので、さすがに不安になってきました。
「伯父さん……嘘、ついてないよね?」
「最初に約束したろ? できない約束は最初からしないよ、俺も」
「わかった、信じる」
確かに伯父は、この電話の中で全く嘘をつきませんでした。このときは、オレとの約束を守ってくれました。
ただ、早くオレの顔を見たい、というのは、本来の伯父の言い方に直すと、とっととツラ貸せよ、という意味合いだったのですが。
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