007 伯父との接触

 伯父とはホテルのロビーで合流しました。

 実を言うと、そのときの伯父の姿はよく覚えていません。あまり見ないようにしていましたから。職場から直接来た、というような話をしていたので、スーツだったのかもしれません。それすらよく覚えていないんです。

 伯父と母は、二人とも小柄で細身なところは同じですが、顔はあまり似ていない兄妹でした。伯父は母とは違い、切れ長で鋭い目つきをしていました。真顔でいると、睨んでいるように思われるからと、伯父は日ごろからよく笑うようにしていたみたいです。


 笑うと線のようになってしまう、細いその目がオレは好きでした。


 妹たちは、そのとき中学三年生。受験生ということで、夏休みはもっぱら塾に通っていました。二人とも、自分たちは勉強で必死なのに、友人も居ない、自分たちに優しくもない兄のことを、見下していました。

 オレはそんなあいつらが鬱陶しくて、顔を合わせれば互いに舌打ちをするほどだったけど、そのときばかりは居てくれて心底良かったと思いました。二人が積極的に、伯父に話しかけていたからです。


「勝也伯父さん、どっちがどっちかわかる?」

「正直、久しぶりだとわかんねぇんだよな。よーし、一人ずつ顔、見せてみ」


 そんな遊びをしていました。


「こっちが恵瑠で、こっちが璃愛」

「すごいじゃん」

「白状すると、こんなこと言い出す方が、璃愛の方だと思った。お前はどっちかっていうと絵理子似だろ? で、黙ってニコニコ笑ってる方は、恵瑠。お前ら、顔は貴斗と絵理子のいいとこ取りだけど、性格は綺麗に分かれたよなー」


 オレはスマホをいじりながら、耳だけそちらに向けており、伯父の言うことに内心同意していました。あれから妹たちも成長しましたが、性格の差はその当時と比べて一層ハッキリしたように思います。

 上の妹の恵瑠は、あのとおり、大人しくて真面目な性格なのに対し、下の妹の璃愛は、自己主張が強く、意志が強いと言えば聞こえはいいですが、兄にとってはただのワガママな奴です。

 今度はオレの方に話題が振られないか心配で、オレは母にトイレに行くと言って逃げました。

 夕食はビュッフェ形式だったので、同じ場所にずっと座っていなくて済みました。オレは目の端で伯父の動きを観察しながら、なるべく同じタイミングで席につかないようにしていました。ずっとそんなことをしていたので、何を食べたかも記憶にはありません。




 父と伯父は、軽く酒を飲んでいたと思います。父は割と強い方だけど、伯父はそうでもないですよね。そのくせ好きなので、始末が悪いんです。


「優貴ぃ、せっかくだし、伯父さんがさー、ケーキでも取ってきてやろうかー?」


 席に座って食後のアイスコーヒーを飲んでいたら、いつの間にか背後に伯父が立っていました。オレは振り向きもせず、拒絶の言葉を口にしました。


「えー、お前さぁ、好きだったじゃん。チョコとかキャラメルムースとかさぁ……」


 伯父が酔っていることは、声ですぐわかりました。

 伯父は片手で、オレの頭をつかみ、そのままわしゃわしゃと撫でまわしはじめました。オレはその頃、美容院に行くのも億劫だったので、前髪も襟足も伸びきった、鬱陶しい髪型でした。


「やめてよ」


 オレは肘で伯父の腹を突きました。


「いてっ」


 オレの正面の席に居た母が、伯父に文句を言いました。


「もう、お兄ちゃん。優貴くんに絡まないでくれる? だから言ったのに。貴斗もお兄ちゃんにそれ以上飲ませないで」


 母の右隣には父が居て、母は父のことも軽くにらみつけていました。


「一応、止めたんですけどね。勝也、行きます?」


 父は胸ポケットに入れていた自分のタバコを指しました。そういえばナオさんは、父が喫煙者だとは知っていましたっけ。伯父が余計なことを教えたみたいです。まあ、父の職場の影響もあるんでしょう。

 そうして二人は、喫煙所に行ってしまったようでした。

 一方オレは、元々ボサボサだったのが、さらに崩れた髪を直しながら、突然のことに理解が追い付かずにいました。

 大好きな伯父に頭を撫でられたこともそうですが。

 伯父の過去が視えなかったことに、オレは驚いていました。




***




 夕食会が終わって帰宅し、オレはまた、ベッドの上で考え込んでいました。母だけでなく、伯父の過去も視えなかったというのは、一体どういうことなのか。

 母方の血縁者は視えない、という説を思いつきました。それを補強するためには、母方の祖父母にも触れてみたいところですが、二人とも、オレが小学生のときに相次いで亡くなっています。

 答えが出ないまま横たわっていると、スマホが鳴りました。伯父からの着信でした。

 親戚なので、一応番号は登録しています。けれど、そのときまで一度も、かかってきたことなどありませんでした。


 それが最初の電話でした。

 オレは少しためらいましたが、無視はできませんでした。


「ごめん、寝てた?」

「ううん」

「めんどくせーからいきなり聞くけどさ。お前、他人の過去が視えるようになってないか?」


 オレがすぐには答えられずにいると、伯父は言葉を続けました。


「大丈夫。伯父さんもだから。中二くらいのときからか?」

「……うん」

「詳しいこと説明しておきたいんだが、うちに来れるか? 別に俺はいつでもいいぞー。気になってんだろ。なんなら明日でも大丈夫だけど」

「じゃあ、行く」


 そう言ってから、オレはまだ、心の準備ができていないことに気付きました。しかし、伯父はどんどん話を進めました。

 伯父は車を手放してしまっていたので、オレの方から電車で来るように言いました。

 そして、ショートメールで伯父の住所が送られてきました。

 なぜか、オレの母には内緒で来い、と指示されました。

 伯父との電話が終わってからは、しばらく放心状態でした。次々と色んなことが起こって、何も考えられなくなりました。

 そのときのオレが考えておくべき事は、山ほどあったはずです。

 でも、オレは伯父の家に呼ばれたという嬉しさで、頭がどうにかなりそうでした。

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