006 優貴の家族

 それから何日かして、家族五人で夕食に行くことになりました。オレはそうした外食すら行きたくないほど、陰惨な気分でしたが、その日は断りませんでした。

 それに、伯父も来る、とオレが聞かされたのは、もう自宅を出発してしまった後でした。もし事前に聞いていたら、頭でも腹でも痛いことにして、夕食会自体を止めてもらっていたでしょう。


「勝也、やっぱり来れるそうですよ」


 車の助手席で、スマホを操作していた父がそう言いました。伯父の名前が出たとき、オレは心臓が止まるかと思いました。


「じゃあ貴斗、予約の変更お願いね」

「はい、店に電話します」


 そう言って、車を運転していたのは母でした。両親は二人とも、運転できますが、その日は父がお酒を飲むつもりなのでそうしていたようでした。母はお酒が一滴も飲めませんしね。


「勝也伯父さん来るの? やったー! すっごい久しぶりじゃない?」


 下の妹の方の璃愛が、まず反応しました。


「お仕事忙しくなったって言ってたもんね。元気だったかな?」

 

 上の妹の恵瑠が、そう返しました。


「恵瑠ちゃんも璃愛ちゃんも、今日はお小遣いちょーだい、とか絶対言っちゃダメよ。どうせ伯父さん、そんなにお金無いんだし」


 母がそんな声をかけると、双子は顔を見合わせて、クスクスと笑いました。

 彼女らは一卵性双生児で、他人から見ると見分けがつかないそうなのですが、兄から見ると、なぜ見分けがつかないのか、理屈はわかりますが、その感覚がわかりません……まあ、家族ですからね。


「優貴くんも、今日くらいは愛想良くしなさいね?」

「うん」


 この状態で、オレがどうこう口を挟むことなんてできるはずがありません。

 オレは相当、ムスっとした顔をしていたのでしょう。

 早速、下の妹で、生意気な方の璃愛がからかってきました。


「笑う練習しといたら? 璃愛の鏡貸そうか?」

「恵瑠も持ってるよ。どっちがいい?」


 あ、上の妹の恵瑠は天然が入ってるので、多分本当に貸してくれようとしてました。


「うるせーよブス共」

「母さーん、兄さんがー」


 璃愛はすぐそうやって母に言いつけますが、自家用車の後部座席での会話ですので、運転席の母はもちろん全て把握しています。

 ああ、ブスとは言いましたが、本当はけっこう、可愛いです。まあ、兄の贔屓目もありますが。


「もう、なんであんたたちはすぐケンカ越しになるかなー? 三人とも悪いよ? 父さんいま電話中なんだから、普通に会話できないんだったら全員黙ってて」

「恵瑠も悪いの!? 母さんどうして!?」

「あ、恵瑠ちゃんマジだったんだ? ごめんごめん。璃愛が悪かったよ」

「えーと、母さんが悪かった。恵瑠ちゃんだけは、悪くない」 

「よかったぁ」

「恵瑠ちゃん、マジ天然だよね」


 その当時はこんな感じで、あいつらとは口を開くと、すぐに言い合いになっていました。さらに、母と妹二人は、その頃からおしゃべりがうるさくて。女三人よればってやつです。


「予約、大丈夫でしたよ」


 ホテルへの電話を終えた父が、母に向かって微笑みかけました。


「ありがとう、貴斗」

「絵理子が予約したとき、人数が増えるかもしれないと伝えてくれていたんですね?」

「うん。どうせこうなることになると思ってたし」

「ええ、僕も」


 両親たちはきっと、伯父が来るということをオレが知ったら全力で反抗するだろうからと、こういう手段に出たのでしょう。まんまとはめやがったな、と思いました。

 ただ、妹たちは伯父に会えるのが嬉しいみたいでしたし、夕食会自体を中心にさせなくて良かったとは思いました。おそらく伯父も、オレはともかく、姪たちには会いたがっているだろうと思っていましたしね。


「そういえば、お兄ちゃん、最近仕事どうって?」

「若い人がバタバタ辞めたとかで、けっこう大変みたいですよ」


 父と母の馴れ初めは、先ほど述べたとおりです。結婚前の二人の会話の様子は、オレも想像するしかないのですが、おそらく母は父に敬語を使っていたのだと思います。父は五歳年上でしたからね。

 夫婦になった後は、こんな感じです。二人とも大人になれば、五歳の歳の差なんて、たいしたことはありませんから。

 あと、父は元々、誰に対しても丁寧語で話す癖があるそうですね。ナオさんたち、高校の後輩たちにもそうだったと聞いています。

 そして、オレたちに対しても、父は丁寧語を崩しませんが、違和感があったことは一度もありませんでした。父親とはそういう生き物だと思っていましたし。

 一方のオレは、まあ、クソガキです。父は礼儀には厳しい方ですが、家族内での口調をいちいち注意するほど厳格ではありません。

 その時のオレの家族は、こんな感じでした。


「そうだ、貴斗。この前さ……」


 母が一方的に、何かを楽しそうに話すのを、助手席の父はいつも通りの柔和な笑顔で聞いていました。父が母を裏切っていると知ったオレは、そうやって夫婦が普通のやりとりをするのすら、見たくはありませんでした。




 伯父と会うことも避けたかったけど、それ以上に、オレは家族で外出することが苦手でした。

 うちの家族は、否が応でも目立ちます。妹たちは、双子というだけでも目を惹くのに、その日は二人とも、そっくり同じ服装をしていました。

 母は美人というほどではないと思いますが、瞳が大きく童顔で、とても三人の子持ちには見えないと言われているのを知っていました。

 そして何より、オレは父とそっくりの顔立ちになっていました。髪の色も栗色ですしね。背の高さも、もう少しで父を抜かせるかどうかというところでした。

 ナオさんは、高校生の頃の父を知っていますよね。それをそのまま、思い浮かべてもらえればいいです。そしてそれを……やんちゃにして、ぶっきらぼうにして。口調荒くして。髪の毛はちょっと、伸ばしっぱなしでボサボサにしてください。そのくらいでもう、大丈夫です。

 そうです、性格はともかく、容姿だけは、父に似てきていました。

 ただ、中身は全く別だというのは、ナオさんもよくご存知のとおりでしょう。父は今でも、温和で物静かな性格です。

 オレはというと……少々、いや、けっこう気が短いことは自覚していました。

 そして、こんな表現をすると、自意識過剰に思われるかもしれませんが、うちは周囲から羨まれるような家族でした。五人で外出すれば、どうしたって血の繋がった家族だと一目でわかるし、常に注目されている気がして、オレは落ち着きませんでした。

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