005 伯父と甥


 どうしても、前置きが長くなりますね。この後のことを説明するため、ある程度は仕方が無いですが、ナオさんは退屈していないでしょうか。

 とりあえず、オレが過去視ができる、ということだけでも念頭に置いて、読んでもらえたらいいと思います。

 そろそろ、ナオさんが喜びそうなことを打ち明けますね。


 オレは、伯父が好きでした。もちろん、甥から見た大好きな伯父さん、というのを越えて。一人の男性として、伯父に恋をしていました。


 オレが伯父と距離を取り始めたとき、自分でもその理由はわかっていませんでした。でも、今から考えると、そういうことだったんだと思ってます。外で伯父に似た男性を見かけると、つい目で追ってしまうこともありましたから。

 伯父からナオさんは、両性愛者だと伺っています。

 男だろうが女だろうが節操なく、楽しいことであれば何でも好きな、好奇心の塊。大体のことはやってるし、大体のことを聞いても引かない人だと。

 あ、これは伯父が言ってたことですからね。念のため。

 なので、オレが同性しか愛せないと言っても、ナオさんは全く驚かないんだろうな、と思っています。そして、当然ながらオレは伯父と血縁にあたるわけですが、それについてナオさんなら何と言うと思うか、と伯父に聞いたことがあります。


「あいつ、バカだからな。伯父と甥なんて、ロマンティックだね、とか言いそう」


 当たってたら、面白いなと思ってます。



 

 高校二年生の、夏休みが始まったばかりの頃でした。

 その夜は、なんとなく喉が渇いて目が覚めました。オレの部屋は二階にあります。飲み物を取りに行くため、一階のリビングに降りると、父がソファに座ったまま、寝てしまっているのを見つけました。夜中の二時くらいだったと思います。

 父がそうして、ベッド以外で眠りこけているのは、けっこう珍しいことでした。オレはずいぶん前から、父を避けるようになっていましたし、例え眠っているとはいえ、父と二人きりになるのは緊張しました。手早く水分を補給し、さっさと部屋に戻るつもりでいました。


 ふと、魔が差しました。


 父と伯父は、高校生時代からの友人。父の記憶を視れば、昔の伯父に会えるかもしれないことは、とっくに気付いていました。

 その当時、オレの過去視は全く制御が利かず、視たい記憶を自在に視ることなど到底できませんでした。

 けれども、濁流のように押し寄せてくる、家族の記憶の中の一片にでも、伯父の姿を視ることができたら。たったその一片を渇望するくらい、オレは伯父への想いを募らせていました。

 オレは父の背後から近づきました。伯父と会う可能性を高めるためには、できるだけ長い時間、父に触れておく必要があります。絶好の機会でした。逃したくありませんでした。

 父への罪悪感はありましたが、例えどんな記憶を視ても、自分の中に秘めておけばいいからって、軽く考えていたんです。

 父はソファの背もたれに深くもたれかかり、静かな寝息を立てていました。オレは背後に立ったまま、父の右肩に自分の右手を置きました。これなら、父が目覚めたとき、起こそうとしたフリができるからです。

 まるで、映画のフィルムをバラバラに切り離して、ぐちゃぐちゃに繋ぎ合わせたかのように、父の記憶が頭の中に広がっていきました。過去視、とオレは表現していますが、音も一緒にわかります。ただ、一つ一つのシーンはごく短く、時系列もよくわかりません。会話をきちんと聞き取れないまま、別の記憶に移ってしまう。その当時は、そういう感じでした。

 どれくらい、そうしていたのか分かりません。視えた記憶で、最も多かったのは、オレたち家族と過ごしているときのものだった気がします。赤子だった妹たちが、同時に泣き叫んでいることもあったし、オレの小さい頃の姿ももちろんありました。伯父にはなかなか会えず、諦めかけたときでした。

 オレは、父の秘密を知りました。これはナオさんも、知らないはずです。伯父が、面倒だからナオには絶対に言うなよ、としきりに言っていましたし、父からもナオさんに言うわけはないですから。


 父と伯父には、肉体関係がありました。


 オレが視たのは、断片的で、決定的なものかと言われると、その時のオレにはどうにも判断が難しいものでした。だけど、ハッキリと伯父の言葉が聞こえました。

 オレはそれに驚き、つい父の肩に力を入れたみたいでした。父が小さく呻く声が聞こえ、それは過去の記憶ではなく現在のものだと判断したオレは、咄嗟に言いました。


「父さん、こんなところで寝ちゃダメだよ」


 オレの言葉に、父は一気に目が覚めたようで、バツの悪そうな顔をしました。


「ああ……母さんに叱られますね」

「オレは喉が渇いてさ。父さんも何か飲む?」

「いや、大丈夫。部屋に戻りますね」


 そんなやり取りをして、父はソファから立ち上がりました。

 オレはできるだけ平静を装いながら、台所に向かいました。冷蔵庫から、ペットボトルの水か何かを取り出したのですが、手が震えてキャップがなかなか開けられなかったことを覚えています。

 だって、伯父が、父に、こう言っていたのです。


「貴斗、可愛い。愛してる」


 伯父にいつか言われてみたいと、幾度も願っていたあの言葉を、父は既に言われていたのでした。

 それからオレは、自分のベッドで横たわりながら、眠れない夜を過ごしていました。

 オレの視た伯父の姿は、そう若い時ではないはずだと思いました。あくまでも父の記憶ですから、父本人の姿は、鏡を見ている記憶でもない限り分かりません。どんなに若くとも、あの記憶はオレたちが産まれる前ではない、ということは確信しました。

 二人の関係は、一体いつからなのだろう、とオレは考えていました。母が父を想い続けた間、父は誰とも付き合ったことがないとは聞いたことがありました。初恋同士の結婚、伯父はそう言っていましたしね。

 父はあの容姿に加え、温和な性格ですから、女性から言い寄られないはずはないんですよね。オレは父を、生真面目すぎる若者だと思い込んでいましたが、父と伯父との関係が、その理由ならば、納得はいきました。

 それに、伯父だって女性にもてない方では無いのに、当時三十八歳の独身貴族であることにも、説明がつきます。

 ということは、父は母を、好きな人の妹としか見ていなかったのでは、という推測には、すぐにたどり着きました。父は伯父と義兄弟になるためだけに、元々自分を想っていた母を利用した。

 仮にそう考えると、母が果たして二人の関係を知っているのか、知っているとしたら、いつ知ったのか、結婚する前なのか後なのか、というような疑問も次々に湧いてきます。

 父親が母親を裏切り、伯父と関係している。その事実を知って、喜ぶ子供など普通は居ません。けれどオレは、妙な興奮を覚えていました。

 ナオさんなら、分かってくれますよね。

 伯父が男性とも交わることができる人だと知って、オレは嬉しかったんです。

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