8.12章 米軍第二次攻撃隊

 4隻のサンガモン級空母を発艦した戦闘機と爆撃機は、エセックスとレンジャーに着艦して補給を受けると、第二次攻撃隊としてあわただしく発艦していった。目標は、新たに北東方面に発見した空母2隻を含む艦隊だ。


 米軍の第二次攻撃隊は、FJ-1ムスタングが36機、F4Uコルセアが36機。TBFアベンジャーが28機の編制となった。24機のF4Uは戦闘爆撃機として1,000ポンド(454kg)爆弾を搭載して急降下爆撃を行う予定だった。更に攻撃隊には5機の捜索レーダーと電波発信装置を搭載したTBFが随伴していた。


 レーダーを装備したTBFアベンジャーが、複数の海上目標を探知する。攻撃隊長からの指示により、4機のTBFが攻撃隊から東方と西方へと離れていった。


 西に航行していた一航艦では、先行していた霧島と榛名の電探が、米編隊の接近をとらえた。しばらくして、霧島の二号一型電探に妨害によるノイズが現れる。直ちに波長を切り替えると、その波長でもノイズが出現した。ここまでは想定範囲だ。榛名と霧島はあらかじめ決めていた通りに、互いに違う電探の波長を使用していたが、榛名の電探にもノイズが出始めた。別の波長への切り替えで、榛名の電探だけは正常に回復した。


 実際に電波妨害が始まって、私は艦橋から赤城の電探室に艦内電話でつなぎっぱなしにして、指示を出していた。周波数切り替えで赤城の電探はやっと回復したところだ。一旦電話を切ると、艦橋の一航艦司令部に状況を説明した。

「榛名の二号一型電探が回復しました。上空の烈風隊は榛名の誘導に従って米軍編隊に向けて飛行中。榛名から1.48m波長で妨害電波を回避可能との情報を入手しました。本艦も波長を切り替えて電探を回復させました」


 すぐに草鹿少将が命令を出す。

「小野通信参謀、艦隊の全艦に正常な波長の情報を伝達してくれ」


 赤城の電探が回復したおかげで、艦橋奥の状況表示盤に敵編隊の駒が張り付けられてゆく。


 1時間ほど前には、一航艦の上空には34機の烈風が飛行していた。本来50機以上の戦闘機だったのだが、戦闘や故障による損耗で数が減っていた。ところが、山口長官の命令もあり、格納庫内で整備や修理していた機体で戦闘可能になった機体を4隻の空母からかき集めた結果、上空の烈風は52機に増えていた。一方、整備中の彗星に噴進弾を装備した機体は9機が飛行可能となり、こちらも上空に待機していた。


 上空を警戒していた藤田中尉に母艦から指令がきた。

「敵の偵察機を攻撃せよ。方位北北西、15浬(28km)に一つ、もう一つは方位南南西、17浬(31km)」


「藤田だ。了解」


 続けて列機に命令する。

「1小隊は南方、2小隊の高橋一飛曹は北方に向かえ」


 小野参謀と私は、赤城の艦橋で逆探の方位測定から割り出した、複数の電波発信源の位置を上空の戦闘機に伝えたことを説明した。初めての試みだが、位置が判明したので戦闘機隊はうまくやってくれるはずだ。

「金剛の逆探と赤城の逆探で得た方位から、電波を放射している米軍機の位置を割り出しました。まもなく上空の戦闘機が。確認してくれるはずです」


 藤田中尉は指示された方向に飛行すると、まもなく3機編隊で飛行するTBF艦攻を前方に発見した。そのまま全速で接近すると、斜め後方に回って近づいた。艦攻は烈風に気づいて降下で逃げようとするがもう遅い。圧倒的な速度差で追いつくと、あっけなくTBFを撃墜した。その前を飛行していた2機のTBFも僚機が撃墜した。

「藤田だ。3機編隊の艦攻を撃墜した。主翼に複数のアンテナあり」


 同じ頃、高橋一飛曹の2小隊も命令された艦隊南方に急行して、2機のTBFを撃墜していた。

「こちら高橋、2機の艦攻を撃墜した。アンテナ付きだ」


 5機の電波発信をしていたTBFを撃墜したため、一航艦の各艦の電探はまもなく、正常に戻った。前方を航行していた榛名と霧島では、高射砲の管制を行う二号四型にもノイズが出始めていたがそれも解消した。


 ……


 一方、その頃、米軍の攻撃隊の主力部隊が一航艦へと接近していた。日本の迎撃戦闘機に対抗するために、米攻撃隊から全速でFJ-1ムスタングが、前方に出てきた。


 戦闘機隊のブラッドリー中佐が命令する。

「前方にサム(烈風)の編隊。敵戦闘機を引き付ける。攻撃を開始せよ」


 赤城戦闘機隊の指宿大尉は、上空から緩降下攻撃を仕掛けてくるFJ-1に対して、中隊の烈風に回避を指示した。

「上方から敵戦闘機、かなり速度が速いぞ。左旋回で回避」


 FJ-1の想定以上の速い降下攻撃に、急旋回の遅れた烈風が3機撃墜された。逆に旋回する烈風の後を追いかけたFJ-1は、旋回により速度が落ちたところを、別の烈風により後方から射撃された。立て続けに3機のFJ-1が撃墜された。すぐに乱戦となって、ほぼ同数の烈風とFJ-1が次々に落ちてゆく。


 しばらくして、乱戦の中から降下速度を生かして烈風を振りきった次FJ-1が順次抜け出してきた。

「ブラッドリーだ。新型爆弾搭載機を護衛する。私に続け」


 日本艦隊に向かって進むTBFの編隊を護衛するために、12機のFJ-1がTBFの上空へと向かった。


 加賀戦闘機隊の飯塚大尉が指揮する22機の烈風隊は、FJ-1との戦闘には加わらず、別動隊として米攻撃隊の北側を迂回していた。北方から爆装のF4Uを目標として接近を開始した。接近してくる烈風隊を認めると、F4Uは半数が爆弾を落として烈風に向かってきた。


 飯塚大尉は、一部の敵機が爆弾を投下して戦闘機として挑んでくるだろうと想定していた。

「鈴木、萩原、爆弾搭載機を攻撃」


 2小隊の6機の烈風が命令を受けて、前衛のF4Uから距離をとって、後方の爆装したF4Uに向かっていった。


 既に爆弾を投棄したF4Uは飯塚大尉自身の中隊との戦いに巻き込まれて、後方の爆装機に向かった烈風の行動を阻止できない。


 2つの小隊の烈風は、後方から爆装機への攻撃を開始した。重量物を下げていて鈍い機動しかできないF4Uに対して、一撃で5機のF4Uを撃墜した。残りの7機の爆装機は友軍機が撃墜されたのを見て、次々と爆弾を投棄して6機の烈風に向かってきた。


 飯塚大尉は操縦席でにんまりとしていた。全てのF4Uに爆弾を落とさせてしまえば、ほとんど任務を果たしたようなものだ。


 ……


 その頃、噴進弾装備の9機の彗星は、TBF編隊の南方から後方へと迫っていた。飛龍艦爆隊の下田中尉が、各艦から上がってきた間に合わせの彗星部隊の最先任だった。

「9時方向の艦攻隊を攻撃する。噴進弾攻撃のために横方向に散開」


 TBF編隊の上空に向かっていたブラッドリー中佐は、攻撃態勢に入ろうとする彗星の編隊を見つけたが間に合わない。彗星隊はTBF編隊の後方やや高い位置から迫って、噴進弾を発射した。

「噴進弾発射、噴進弾発射」


 下田中尉からの命令により、彗星編隊は噴進弾を一斉発射した。150発以上の近接信管装備の噴進弾が斜め下方の28機のTBF編隊に向かっていった。10カ所近くで噴進弾の爆発が発生する。8機のTBFが落ちてゆく。


 ブラッドリー中佐のFJ-1隊は、彗星が発射した噴進弾がTBFに届く前に、後方から彗星に向けて射撃を開始していた。噴進弾が爆発するのと、それを発射した彗星が火を噴くのはほぼ同時だった。FJ-1の攻撃により、4機の彗星が落ちてゆく。FJ-1の奇襲を生き残った彗星は、TBF編隊に向けて、急降下していった。そのまま目の前を飛行するTBFに向けて主翼の13.2mmを撃ちまくる。


 藤田中尉の烈風隊は、レーダー搭載機を撃墜した後に、艦隊上空へと戻ってきた。編隊の前方で友軍の彗星に向かって上方から攻撃しようとするFJ-1の編隊を発見した。全速でFJ-1の背後から接近するが、彗星隊への銃撃が開始されてしまった。それでも目の前の艦爆への射撃に夢中になっている機体の背後から攻撃して、3機のFJ-1を撃墜した。


 藤田中尉は既に、弾丸の浪費を避けるために、20mm機銃を2挺の射撃に切り替えていた。それでも、相手が単発機ならば、ベテランのパイロットにとっては充分な威力だ。そのまま急降下を続けて、下方を飛行していたTBF艦攻を攻撃した。藤田隊は降下攻撃により3機のTBFを撃墜した。水平飛行に戻った後に、藤田中尉は、やや遠くを上昇してゆくFJ-1とTBFの編隊を発見して追撃を開始した。


 彗星隊の攻撃をやっと免れた12機のTBF編隊は艦隊上空へと飛行していた。周囲をブラッドリー中佐のFJ-1が護衛している。やがて、左舷側の上空にTBF編隊を認めた利根と筑摩は、取舵をとって編隊に接近すると12.7センチ高射砲の猛烈な射撃を開始した。2艦合わせて、左舷側の8門の高射砲が毎分200発の砲弾を撃ちあげた。ついに1機のTBFと1機のFJ-1が煙を噴き出して落ちてゆく。


 その頃には空母部隊の直衛艦の秋月と照月が、前進してきていた。前後の全ての砲塔が敵機を射界におさめるように、艦首をやや北側に向けると、10センチ高射砲の全力射撃を開始した。電探により狙いを定めて、16門合計で毎分400発以上の高射砲弾を射撃した。やがて高射砲の爆煙に包まれた編隊から、2機のTBFと1機のFJ-1が墜落してゆく。


 残った9機のTBFアベンジャーとそれを護衛するために飛行していた11機のFJ-1は2航戦の空母を狙って上空に侵入してきた。


 なんとFJ-1のうちの5機はロケット弾をまだ発射せずに温存していた。2機が蒼龍に向かって急降下を開始した。蒼龍は高角砲と40mm機関砲で反撃を開始する。機体を滑らせながらFJ-1はそれを回避するが、降下途中で1機が撃墜された。


 突然蒼龍の左舷の2カ所から盛大な白煙が噴き出した。28連装100mm噴進弾がFJ-1に向けて発射されたのだ。近接信管を新たに装備して改良された噴進弾は、56発がFJ-1に向かって上昇していった。FJ-1は昇ってくる白煙を見ながら曲芸師のように噴進弾を次々に回避していたが、ついに至近を通過した2発の近接信管が弾頭を爆発させた。爆風を受けて主翼を飛散させて落ちてゆく。


 同時に飛龍にも3機が急降下を開始していた。高射砲と40mm機関砲で1機が撃墜された。2機に向けて、左舷側の2基の28連装100mm噴進弾が発射された。近接信管が空中で爆発すると1機が錐もみになって落ちていった。最後まで対空砲火の回避を続けていたブラッドリー中佐機がロケット弾を発射しようとした瞬間、正面から40mm機関砲弾が命中した。FJ-1が40mm弾の爆発でばらばらになる。


 ロケット弾による急降下攻撃が行われていた頃、6機のFJ-1に護衛された9機のTBFがぐんぐん高度を上げていた。これに気がついた秋月と照月が高射砲の射撃を開始したが、遠いため命中弾がしばらく出ない。


 空母の上空7,000mにはあらかじめ、8機の烈風が2群に分かれて待機していた。米軍の誘導爆弾対策である。飛龍戦闘機隊の熊野大尉が命令を発した。

「前方の敵編隊を攻撃せよ。木村の編隊は艦攻に向かえ」


 熊野大尉が率いる4機の烈風が、TBF編隊を護衛していたFJ-1と空戦になった。高度7,000mになるとFJ-1のパッカードマーリンエンジンの2段2速過給機が性能を発揮していた。烈風の輝星エンジンは1弾2速の過給器であり、6,000m以上の高空に上がると徐々に性能が落ちてゆく。FJ-1は高度7,000mから8,000mの間でも、エンジンを緊急出力とすることにより時速700kmを超える速度を発揮できた。それに比べて、烈風は高品質ガソリンのおかげで、6,000mでは690km/hの速度を出すことができたが、7,000mでは670km/hに低下していた。


 FJ-1に数で劣勢となり、しかも高空のエンジン出力が劣っていることで、4機の烈風が押され気味となる。やがて1機が撃墜されると、烈風は決定的に劣勢になった。3機の烈風が6機のFJ-1に追いまくられることになってしまった。烈風を射撃するために後方に接近していたFJ-1が突然火を噴いて墜落していった。続いてもう1機のFJ-1が煙を噴き出して落ちてゆく。上昇を続けていた藤田中尉の編隊が、戦闘に参加したのだ。後方に現れた6機の烈風により、形勢が逆転した。更に烈風が1機を撃墜すると、残りのFJ-1は急降下して逃走していった。


 しかし、熊野大尉の烈風隊がFJ-1を引き付けている間に、残りの4機の烈風は、空母の上空を目指している9機のTBF編隊に接近することができた。たちまち3機のTBFを撃墜する。続いて藤田隊の烈風が1機を撃墜した。やがて、低空のFJ-1を撃退した蒼龍と飛龍、それに加えて周囲の駆逐艦からも高射砲射撃が始まるが、なかなか命中しない。40mm機関砲と100mm噴進弾は高空のため、射程外だ。友軍の高射砲弾の中を藤田隊の烈風が後方から接近すると、1機のTBFを撃墜した。運悪く味方の高射砲が命中した別の烈風がばらばらに飛散する。TBFアベンジャーは、7,000mの上空から蒼龍に向けて2発の誘導爆弾を投下した。同時に飛龍に対しても上空から2発を投下した。この高度から落下までの時間は約40秒だ。


 飛龍の加来艦長に見張りからの叫び声。

「上空の敵機から爆弾が投下されました」


「おもかーじ、全速で回頭しろー」


 その時、上空に橘花改が飛来してきた。橘花改は軽荷重では、400ノット(741km/h)を超える巡航速度で飛行する。従って、攻撃の帰路では250浬を飛行しても40分弱で飛行できる。米艦隊を攻撃して帰ってきた橘花改が、米軍の第二次攻撃隊に追いついてきたのだ。8機の橘花改が残った機銃弾でTBFを攻撃した。上空からの一航過で全機を撃墜した。投下された爆弾は誘導を行う母機を失って、単なる無誘導の爆弾となった。蒼龍と飛龍は回頭により全ての爆弾を回避することができた。


 藤田怡与蔵中尉は上空から、母艦の蒼龍が爆弾を回避するのを見てほっとしていた。この状況で1発でも命中したら、自分の責任のようで寝起きが悪いこと甚だしい。やがて、列機の高橋一飛曹が、バンクをしながら無線で話していることに気がついた。既に敵がいなくなったのに騒いでいる。

「隊長やりました。撃墜数がすごいですよ。全部で16機、隊長が10機ですよ。すごい、すごい」


 この日、藤田中隊は16機を撃墜していた。しかも藤田中尉は一人で10機を落としていた。藤田自身も、これから長く「1日で10機を落とした男」として、全軍に名を名をとどろかすことになるとはこの時は思っていなかった。

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