7.5章 珊瑚海の戦い 日本軍第一次攻撃隊

 瑞鶴を発艦して、最初に発見した目標に向かって進撃した攻撃隊は、通報位置の海面でタンカーとそれを護衛する駆逐艦を発見した。攻撃隊はしばらく、周囲を捜索したが、この2隻以外は米軍の艦艇を発見することはできなかった。攻撃隊を率いていた中本大尉は、給油艦を空母と間違えたものと判断した。


 第五艦隊司令部に向けて、中本大尉は『給油艦1隻と駆逐艦1隻を発見。空母は油槽船の誤り』と打電した。


 それでも米軍の艦艇を看過できないので、突撃命令を出す。7機の零戦が2隻に向けて降りて行って噴進弾を発射した。駆逐艦の艦橋付近で火災が発生する。給油艦の艦上でも爆発煙が立ち上がる。上空から次々と急降下爆撃が始まった。4機の彗星が給油艦に向けて80番爆弾を投下すると、連続して船体中央部で爆発が発生した。続いて5機の九七式艦攻が大型艦を目標と定めて降下していった。2本の魚雷が命中すると、揮発性の石油を搭載していた中央部のタンクから大きな炎が上がって大爆発になった。2機の彗星が駆逐艦に向けて急降下を開始する。懸命に回避する駆逐艦に1発が命中して、駆逐艦の中央部に大きな破口が生じる。3機の艦攻隊が雷撃を開始した時には、既に駆逐艦シムスは海上に停止していた。1本の魚雷を命中させると、右舷に横転してあっという間に沈んでゆく。その頃には、給油艦シマロンも盛大に炎を吹き上げて艦尾が沈みつつあった。攻撃を終えると、中本大尉は直ちに帰投を命じた。既に五航戦司令部から彼のところには、空母2隻発見の情報が無線で伝えられていた。


 ……


 一方、米空母に向かった攻撃隊は、二式艦偵の誘導により第19任務部隊に接近していた。既にスプルーアンス少将は、手元に残っていた全てのF4UとF6Fを上空に上げていた。接近した日本編隊はレーダーにより探知されて、迎撃した12機のF4Uが編隊の正面から向かっていった。


 前方を飛行していた18機の烈風のうちの9機が前面に出て、F4Uとの空戦に入った。烈風隊の兼子大尉は本土防空戦に参加した台南空からの情報として、米海軍の戦闘機が1機の戦闘機に対して、2機が相互に連携して空戦を挑んでくることを聞かされていた。わかった範囲で部下にもこの米海軍の新たな戦闘方法について説明済みだ。とにかく、敵機を深追いすると別の機体が直ぐそれを妨害するためにやってくる。敵機を目の前にしても絶対に深追いをせずに、烈風の有利な上昇か水平旋回で後方の敵機を回避しろと伝えてある。


 結果的に、烈風はF4Uを撃墜できず、F4Uも烈風の射撃位置に取り付けない戦いがしばらく続いた。しかし、日本の戦闘機隊は敵機を引き付けて、攻撃隊が侵入できる通路を開けるという目的は十分果たしていた。その間に噴進弾を備えた戦闘機や爆撃機が、敵艦隊に向けて前進できた。


 米艦隊は、艦隊の先頭には重巡ウィチタが航行していた。それにサラトガが続く。サラトガの左舷側には防空巡洋艦のサンディエゴが、右舷側には重巡タスカルーサが航行していた。一方、サラトガの後方を航行するワスプには、右舷側に戦艦ノースカロライナ、左舷側に防空巡洋艦ジュノーが航行していた。艦体の後方にはオーストラリア海軍の巡洋艦が続いていた。


 烈風がF4Uとの空戦にはいると、後方の彗星の3編隊が艦隊上空へと前進していった。彗星編隊の上空には9機の烈風と10機の零戦が護衛していた。彗星編隊の接近に対応して、まだ戦闘に参加していなかった12機のF6Fが北方から編隊を回り込んで後方から攻撃しようとした。すぐに烈風が降下して行くが、半数のF6Fは彗星の編隊内に突入していた。烈風からの射撃で5機のF6Fが撃墜されるのと、後方から射撃を受けて6機の彗星が撃墜されるのがほぼ同時だった。烈風は機首を上げると前方のF6Fを目指して全速で飛行してゆく。生き残った3機のF6Fは目の前の彗星を攻撃して更に2機の彗星を撃墜した。その直後に上空から急降下した零戦の射撃を背後から受けて2機のF6Fが落ちてゆく。


 まだ上空に残っていた4機のF4Uが編隊に向けて急降下してきた。この時は、最後尾の九七式艦攻の編隊が狙われた。一航過で4機の九七式艦攻が落ちてゆく。降下してゆくF4Uに向けて零戦が背後から射撃するが既に遠すぎて命中しない。


 ……


 翔鶴の電探室で、森大尉はそろそろ友軍の攻撃が始まっている頃だなと思っていた。

「あわただしく作った電波妨害装置がうまく機能してくれるといいのだが」


 もともとあの電波妨害装置は、鈴木大尉の発案で開発が開始されたものだ。空技廠と技研は、目撃した米海軍の射撃管制レーダーアンテナの形状から、50センチ波長の妨害電波を放射する装置として開発を続けていた。通信機能も探知機能もない電波を放射するだけの装置は仕掛けとしては単純だ。従って、開発は短期間で終わった。しかし、装置ができても最後まで米海軍の実際の射撃管制レーダーの詳細な周波数が不明だった。


 それが、ホーネットが搭載していたレーダーを分析することにより知ることができた。高射砲の管制をするMk.4レーダーは波長40センチ(750MHz)の電波を利用していた。しかも、調べてみるとこのレーダーは、外部からの妨害電波に対して対抗する有効な手段を有していないことも確認できた。同種のレーダー間の電波干渉を避けるための発振電波のチャネル切り替えはできるが、想定範囲内だ。妨害装置でも発振管の電波に周波数変調をかける回路は、最初から織り込み済みだ。これで、周波数の近いチャネルは全部妨害されるはずだ。


 疑問が解消すると、直ちに40センチ波長に合わせるように、装置への改修が完了した。手元にあった4台の試作機を改修してトラックに運んできた。もちろん捜索レーダーへの電波妨害も準備が進められていたが、航空機に最も被害を与える射撃管制レーダーへの対応が優先だった。二式艦偵には、それほど多くの電子機器が追加できないという事情もある。


 ……


 サラトガの艦橋の前後には新たに4基の5インチ(12.7cm)連装両用砲が配置されていた。この高射砲は改修により、艦橋上の撃指揮装置上のMk.4レーダーの測定データにより連動して射撃可能となっていた。防空巡洋艦のサンディエゴも8基16門の5インチ連装高角砲が日本機を狙っていた。一方、ワスプの8門の単横5インチ砲に加えて、右舷のノースカロライナには連装10基20門の5インチ連装高角砲が備えられている。左舷の防空巡洋艦ジュノーも8基16門の5インチ連装高角砲を装備した新型艦だ。


 烈風戦闘機隊の後方を飛行していた、田中上飛曹の二式艦偵は米艦戦を避けるように、米機動部隊の北側を迂回していた。視界内の日本機は今にも米空母への攻撃を開始しそうだ。


 後席の森田一飛曹に向かって叫ぶ。

「積み込んだお荷物から電波を放射してくれ」


 後席から元気良く返事がある。

「了解。電波放射を開始します」


 森田一飛曹は後方の機銃座のあたりに突貫作業で追加された制御盤の上のスイッチを入れて、その横の表示管の波形変化をしばらく見ていた。真空管の回路は温まるまで遅れがある。

「電波放射を開始しました。周波数の読みは、750を指しています」


 ほぼ同時刻に、米艦隊の南側を飛行する別の二式艦偵でも同じ操作が行われていた。


 米軍のMk.4レーダーには複数のスコープが備えられていた。既に、2つのスコープにはレーダーがとらえた日本機が表示されていた。あとわずかで、レーダーの測定結果を基に高角砲の射撃が開始される。その時、突然、目標までの距離を表示するAスコープ型の表示管と高度表示用の表示管に砂まみれになったようなノイズが現れた。空母を中心として対空射撃の準備をしていた艦艇の全てのMk.4レーダーが二式艦偵の発した電波により妨害された。二式艦偵が放射した電波は、戦艦や空母が送信する電波に比べれば小さなパワーだったが、目標に反射して戻る電波に比べれば、桁違いに大きなエネルギーを有していた。


 レーダーのオペレーターは、スイッチを入れたり、切ったり、あちこちを操作するがノイズは解消しない。レーダーによる管制ができなくなって高射砲の射撃手は大混乱だ。一時的に照準が不可能になり各艦の高角砲は沈黙した。機転の利いた砲術長が、レーダーの異常に気がついて、光学照準に戻した。しかし、それでは高角砲の命中率は昔に逆戻りだ。恐らく数分の一に命中率は下がるだろう。


 そんな大混乱の最中に、サラトガには5機の零戦が降下していった。零戦がかなり接近したところで、思い出したように零戦に向けてサラトガと護衛の巡洋艦から高角砲が射撃を開始する。しかし、高角砲は命中しない。1機が40mm機関砲で撃墜された。40mm機関砲はまだレーダーで管制されていないのだ。残った4機が88発の噴進弾を右舷側から射撃した。噴進弾が直撃した3基の連装高角砲と右舷の半数以上の単装高角砲や機銃が破壊された。機銃座に命中した噴進弾が火災を発生させた。


 6機の噴進弾を装備した彗星が空母を目標にして降下を開始する。ワスプに向けて降下してゆく艦爆に対して、右舷側を航行していたノースカロライナが、光学照準に切り替えて高角砲の射撃を開始した。しかし、目視照準では彗星の急降下に追いつけていない。接近した彗星に対して40mm機関砲が1機を撃墜した。残った5機の彗星はワスプの左舷に向かって噴進弾を発射した。40発以上が艦首から艦尾まで分散して命中して、左舷側は高角砲と機銃はほとんど使用不能になって、内火艇や甲板上で火災が発生した。


 その間に爆弾を搭載した彗星の編隊が米艦隊上空に達していた。攻撃隊の嶋崎中佐が突撃を命じた。眼下のサラトガを見て思わずつぶやく。

「こりゃあ、ずいぶん改装されているじゃないか。日本の空母と同じ斜め甲板になっているぞ」


 サラトガには12機の彗星が降下していった。サラトガに加えて周囲の巡洋艦も、やっと混乱から立ち直り光学照準に切り替えて全力で射撃を開始する。全部で40門以上の5インチ砲が、降下してくる彗星を狙って射撃を開始した。さすがに、1機の彗星が炎に包まれる。更に1機が40mm機関砲で撃墜された。彗星の投下した10発の爆弾は4発がサラトガに命中した。


 最初の1発は艦尾に近い飛行甲板に命中した。80番4号爆弾は、機体を離れると白い煙を吐き出して噴進剤で一気に加速された。時速1,000km以上で飛行甲板を貫通して、更に格納庫下方の0.75インチ(19mm)の水平装甲板とその下の1.25インチ(32mm)装甲板も貫通した。そのまま前部機関室に飛び込んで爆発した。


 一呼吸遅れて、後部機関室で80番4号が爆発した。これにより推進機を駆動していた3基の電気モーターが破壊されて半分以上の動力が瞬時に停止してしまう。同時に後部で火災が発生した。


 船体中央部に命中した1発の80番は缶室まで貫通してボイラーを破壊した。艦底で爆発したため、亀裂から浸水が始まる。4発目は右舷の艦橋を直撃した。巨大な煙突の基部に命中すると、水平隔壁を斜めに貫通して右舷側面から海中に飛び出して爆発した。爆発で生じた右舷の亀裂からも浸水が始まる。


 彗星の急降下爆撃と同時に10機の九七式艦攻がサラトガに向けて右舷側から接近していた。上空の彗星に向けて射撃した高角砲は低空への対応が遅れた。しかし、味方の高角砲の射撃をものともせず、3機のF4Uが上空から急降下してきた。12.7mmの射撃を受けて後方を飛行していた九七式艦攻は右翼から長い炎を噴き出して海面に落ちてゆく。3機のF4Uの攻撃によりあっという間に2機が撃墜された。それでも8機が飛行を続けてゆくと、右舷側のタスカルーサが機関砲射撃により更に1機を撃墜した。


 最終的に7本の魚雷がサラトガに向けて投下された。サラトガは、右舷に向けてゆっくりと回頭しようとするが、大きな船体が回り始めたところで、3本の魚雷が命中した。喫水線の防御装甲板よりも下に命中した魚雷は、船体下部の水雷防御区画で爆発して、隔壁に大きな穴をあけた。缶室の爆弾の被害と合わせて艦の中央部の浸水が増加してゆく。これで完全に動力が失われてサラトガは海上に停止するとともに、排水も消火もできずに右舷への傾斜が始まった。急速に浸水が増加して、もはや沈没を防ぐ手段がないことは誰の目にも明らかになった。


 まだ日本機の攻撃が終わっていないにもかかわらず、前方を航行していた重巡ウィチタがサラトガに接近してきた。放水により、火災を消火すると共に傾いた空母の乗組員の救助を始めた。


 一方、ワスプに向かった攻撃隊は、噴進弾装備の彗星の攻撃直後に、10機の彗星が急降下を開始した。ノースカロライナとジュノーから激しい高射砲の射撃を受けたが、妨害電波の効果により撃墜されたのは1機だった。9発が投下されたが、ワスプは取舵で回頭して5発を回避した。2発の80番4号は飛行甲板中央に命中した。ロケット推進の爆弾は弾体が飛行甲板、格納庫の床下に進んで、更に水平隔壁も貫通して缶室で爆発して艦底から浸水が始まった。半分以上の動力がこれにより停止する。


 更に、1発は艦の前部に命中して艦首を貫通して海中で爆発して艦首に大きな破口を作った。直後に1発が艦の後方に命中して、機関室で爆発した。舷側に亀裂を作るとともに、後部の機関を破壊した。艦の喫水がどんどん増加してゆく。


 この時、既に4機の九七式艦攻がワスプへの雷撃態勢に入っていた。ノースカロライナに装備された高角砲が真っ先に射撃を開始するが命中しない。サラトガと同様に緊急でワスプにも追加で装備された40mm機関砲が射撃を開始する。1機がこの高射機関砲の射撃により墜落した。3本投下された魚雷は、1本が船尾に命中した。ワスプは、動力が完全に停止してしまい惰性だけで進んでいた。


 上空を旋回していた4機の彗星は雷撃装備の新型の彗星だった。九七式艦攻と同時にワスプに向けて降下を開始した。ジュノーが激しく射撃を開始するが、レーダーが使えないため高角砲はなかなか命中しない。のろのろと進むだけになっていたワスプに4本が投下され、2本が命中した。それぞれ艦の前半部に命中して、艦内まで達して爆発した。艦の前半部舷側の破口が開口した。艦首部の爆弾による破口と合わせて大量の浸水が発生する。ワスプは艦首部からあっという間に沈み始めた。

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