6.2章 海上護衛作戦(後編)

 輸送船の護衛のための装備がそろえば、いつまでも遊ばせておく余裕はない。訓練はまだ充分ではなかったが、装備を搭載した艦艇で実際に海上護衛をすることが決まった。部隊としては、空母を中心として改修した駆逐艦を組み合わせて、空母1、水上艦4をとりあえずの護衛艦隊編成とした。護衛隊としても初めての試みである。


 第一陣としては、雲鷹と皐月、水無月、文月、長月により護衛艦隊を編成した。護衛するのはシンガポール向けの14隻の輸送船団だ。今までのような単艦での独航船ではなく、輸送船団を編成したのだ。その民間船団を本格的な艦隊で護衛するのも日本海軍としては初めてだった。護衛艦隊の指揮官として、軍令部で海上護衛を推進してきた大井大佐が雲鷹に座乗した。


 昭和17年4月に日本を出発した船団は、ヒ11船団と命名された。ヒ11船団は東シナ海から台湾の東方海上を過ぎてフィリピン西方の南シナ海に入る航路を航行していた。フランス領インドシナ東方の海上を航行していると、上空の哨戒機の電探に不明の探知が現れた。今までは、漂流物などの探知だったが、この時は海上を目視で確認しても何も見つからないような対象物不明の探知だった。


 その日は、5機の九七式哨戒機が発艦して船団の周囲を警戒していた。そのうちの1機が電探で正体不明の物体を探知したのだ。


 直ちに探知した海域に急行すると、海上に西方に伸びる白い筋を発見した。しかし、その白い筋の前方には何も艦船を発見することはできなかった。機長の大林飛曹長は、以前は飛龍から艦攻を飛ばしていた。部隊から異動になった当初は、古巣に戻りたいなどとぼやいていた。しかし、潜水艦がいるかもしれないとなると、とたんに張り切りだした。

「やはり海上には、船は見えないな。恐らく急速潜航した直後だろう。田村一飛曹、何か見えるか?」


「双眼鏡で見ても、航跡だけであります。電探にも感なし。磁気探知器が有効になるには、まだ高度が高すぎます」


 大林飛曹長は雲鷹に状況を報告した。

「海上に船の航跡を発見。船体を認めず。潜水したと想定」


 すぐに、大井大佐が応答する。戦闘状況表示盤には、船団の輸送船を示す駒と、護衛の艦を示す駒がきれいに張り付けられていたが、報告された位置に赤い潜水艦の駒が追加された。


「味方の潜水艦はこの海域にはいないことを確認済みだ。しかも、友軍であれば急速潜航するはずがない。応援の哨戒機を2機そちらに向かわせる。磁気探知で潜水艦を探してくれ」


 2機の九七式哨戒機が命令を受けて現場に急行すると、海上では白煙が上がっていた。大林機が発見した航跡の位置に発煙筒を投下したのだ。直ちに低空に舞い降りた3機が200m程度の間隔をあけて横並びの編隊となって、磁気探知器による捜索を開始した。20分ほど探知をしていると反応を検出した。


 後席の田村一飛曹が叫ぶ。

「出ました。メーターが振れています。磁気反応あり!」


 隣の機もその直近で磁気反応を確認した。翼をバンクさせて知らせてくる。飛曹長は直ちに雲鷹に通報した。

「大林だ。磁気反応あり。繰り返す。磁気反応を確認した。爆撃機をよこしてくれ」


 報告を受けた大井大佐は、2機の九九式艦爆の発艦を命令した。3機の九七式哨戒機は怪しい探知の位置をさらに絞り込むため海面上を行ったり来たり往復していた。やがて、反応を絞り込んで、その位置に発煙筒を投下した。


 九九式艦爆がその海域に到着すると、発煙筒を目標にして両翼の噴進弾を発射した。零戦などが装備した50mmや70mmの噴進弾と異なり、直径100mmの弾頭が比較的弱い推進薬で加速されて海上に着弾した。1機の九九式艦爆が16発の噴進弾を発射した。100mくらいの円形の範囲で着弾の水しぶきが上がる。ところが、そのまま待っていても何も起こらない。


 この100mm噴進弾には、前方投射の一式十糎対潜弾と類似の弾頭が装備されていた。従って、少なくとも1発が潜水艦に命中しない限り何も起こらない。


 大林機が率いる3機の九七式哨戒機は、先ほどよりもさらに低空に降りて発煙弾の周りから周囲への往復飛行を開始した。

「やり直しだ。敵潜水艦は絶対にいる。今度は確実に見つけるぞ」


 しばらくして、田村一飛曹が再び叫ぶ。

「磁気反応あり! 先ほどよりも反応が大きいです」


 大林機は先ほどの発煙弾の1000mほど北側に、もう一度発煙筒を投下した。まだ攻撃をしないで上空を旋回していたもう1機の九九式艦爆が降下してきて、100mm噴進弾を発射した。海上に着弾してしばらくすると、やがて海上から水柱が立ち上った。それに引き続いて、その周囲で10本くらいの水柱が上がる。1弾が潜水艦に命中して爆発すると、その周囲の弾頭も爆発の衝撃で次々と爆発するようになっているのだ。


 やがて海中から白い泡が盛大に噴き出してくる。続いて黒い油が泡と共に浮き上がってきた。泡の量がどんどん増えると、傾いた潜水艦の艦橋が海面に顔を出した。ハッチから人が出てくると、白いシーツのような布を振っている。潜水艦の艦首がかろうじて海面まで顔を出すとそのハッチからも人がどんどん出てくる。同時に艦橋から黒色の物体が落とされると海上で膨らみ始めて、ゴムボートとなった。潜水艦から退避した船員がゴムボートに乗り移っている。2隻のゴムボードを海上に落とすと、傾いた潜水艦はずぶずぶと沈み始めた。


 後席で田村一飛曹が大騒ぎしている。

「機長やりました。撃沈確実です。戻ったら機体に撃沈マーク書いてもいいですか?」


「わかったよ。それよりも、艦隊司令に報告だ」


「こちら大林、敵潜水艦を撃沈した。潜水艦の乗組員が海上に出てきている。駆逐艦をこちらによこしてくれ」


 連絡を受けた駆逐艦長月がゴムボードを目指して進んできた。内火艇を降ろして、海上に漂っていた船員をまず救助すると、ゴムボートをロープでつないで駆逐艦へと牽引していった。


 ……


 船団がシンガポールに近づくと、夕方になって九七式哨戒機の電探が再び不明な対象を探知した。駆逐艦皐月と水無月が探知した海域に急行すると音波探知器による捜索を始める。


 7ノット程度の低速で、まずは聴音で海中の探知を始めた。

 皐月の鯉沼中尉がついに潜水艦の音波を捕まえることに成功する。

「艦首から10時方向に感あり。感度は弱い」


 池田艦長が取舵を命じて音源に接近を開始する。

「艦首を音源に向けろ。もっと接近する。微速前進」


 やがて聴音室から報告が上がる。

「音源正面。感度中。音波を発信して探知を行います」


 やがて皐月から低周波音を発すると、反響音の聴音を開始した。繰り返し音波発信を行いながら微速で前進してゆく。


 再び聴音室の鯉沼中尉から報告が上がる。池田艦長は船内電話をつなぎっぱなしにしている。

「音源の方向、艦首から13時方向。距離4,000m」

「距離が800mになったら教えてくれ。対潜弾で攻撃する。操舵士、13時方向に変針してくれ」


 しばらくして、鯉沼中尉から叫び声のような報告が上がってくる。

「魚雷発射音探知。恐らく2本。本艦に向けてだと思われます」


 池田少佐は艦の前方からやってくるものを必死で探していた。しかし見張り員の方が早く見つけた。


「艦首方向、2時、雷跡2、本艦に向かってきます」


「取舵急げ、引き続き雷跡を報告しろ」


 大声で右舷側見張り員が叫んでいる。

「魚雷2、右舷側を通過中」


 その時、聴音室の鯉沼中尉から再び報告が上がる。

「音源、距離2,000m、方位2時」

「面舵2時に艦首を向けろ」


 しばらくして鯉沼中尉が報告する。

「方位12時、距離1,000、900、800、真正面です」

 砲術長の入沢大尉が艦長に向けてうなずくしぐさをする。艦長が強く首を縦に振る。


 砲術長が攻撃を命令した。

「一式十糎対潜弾、12時方向。テーッ」


 艦橋前面の架台から対潜弾が発射されたのを確認して、池田少佐は回頭を命令した。

「取舵いっぱい、敵艦にぶつけるな」


 皐月から28発の対潜弾が発射されると800m前方の海域を中心に200m程度の円形になって着弾した。やがて着弾の水しぶきとは比較にならない大きな水柱が海中から噴き上がる。一呼吸おいてさらに大きな水柱が立ち上った。1発が命中して、周囲の弾頭が続けて爆発した。艦橋から海上を監視していると白い泡に混じって、ばらばらになった木片が浮上してきた。続いて油のようなものも浮き上がってきた。


 皐月艦橋では、自分たちの目の前の初めての戦果に「ウォーッ」という叫び声が上がった。


 雲鷹艦橋では皐月からの撃沈報告が、すぐに大井司令に伝えられた。

「皐月より報告。潜水艦を撃沈。海面に原油や木材が浮き上がって来るのを確認」


 同時に、上空の哨戒機からも撃破した潜水艦の浮上物を確認したとの報告があった。


 大井大佐が応答する。

「了解した。皐月にはご苦労さんと言ってやってくれ。各艦に通達、まだ敵の襲撃があるかもしれない。最後まで油断するな」


 雲鷹を旗艦とした護衛隊は2隻の潜水艦を撃沈して、無事にシンガポールに到着した。輸送船への被害も発生していない。帰りのヒ12船団でも、雲鷹の艦載機が発見した潜水艦を水無月が追いつめて対潜弾により撃沈した。


 また、1週間ほど遅れて改修された鳳翔を旗艦とした戦隊がヒ21船団を護衛してラバウル、ポートモレスビー方面に向かった。この戦隊も往路で1隻撃沈した。改めて空母に搭載した哨戒機と音響探知機と前方投射爆雷という新兵器が役に立つということが証明された。


 実戦での経験が積み重なってくると、探知する機体と攻撃する機体をペアにして飛行させる方が成功率は高いことがわかってきた。探知して、即座に攻撃が可能だからだ。また、上空の哨戒機と駆逐艦が直接会話できる短波通信機が整備されて、連携した作戦が容易になっていった。連合艦隊でもこの対潜水艦作戦の有効性を認めて、主力艦の艦隊が航行する場合にも潜水艦を警戒するために、同様の対潜作戦を実施するようになった。


 海上護衛隊により成果が出たことから、山本長官の後押しで、これらの護衛部隊を統括するために、海上護衛総隊が昭和17年10月になって設立された。


 さらに、台湾やフィリピン、仏印、ラバウルやインド洋の基地から九六式陸攻や一式陸攻、九七式飛行艇を飛ばして行う潜水艦狩りも、昭和17年中盤以降本格化した。これらの機体は電探と磁気探知器を搭載して空中から潜水艦を探知したならば、攻撃も自身が搭載した対潜弾で行うことができた。しかも一度、飛び立てば、10時間近くの間は哨戒することが可能だった。このため、米海軍の潜水艦は日本軍の基地からかなり離れていても、哨戒機が飛んでくることを警戒せざるを得なくなった。実質的に広い範囲の海域でかなり行動を制約されることになったのだ。

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